四月二十五日(土) 休日は休みたい!

① 4/25 良雄とのランチが……

 どうして、こうなった。

 菜花は仕事用のスーツに身を包んで、会議室に座っている。この時間、本当なら良雄と流行の映画を観て、海辺のカフェで楽しいランチの予定。

 昨日、一日中粘ってみたが司は行方知れず。千乃も捕まらない。思い切ってマーケティング部企画課まで足を運んだのに、ふたりはいない。伝言を頼んでも、いきなりの欠席は困ると。菜花だって昨日、いきなり決まった今日の会議。どうにかならないのか必死に頼んでも、難色を示されるだけだった。


 唯一の救いは、良雄がとてもやさしかったこと。「それなら会うのを日曜日にしましょう」と一日ずらしてくれた。

 手元の資料に目を落としつつ、部下に説明をさせて自分はでーんと座っている司をにらみつけた。

 しかもこの会議に出席している女性は、菜花ひとり。だからお茶の用意や資料の準備など、聞いていない仕事をいっぱい押しつけられた。仕事に嫌気をさしているユウユの前では「やりがいがある」ようなことを話していたのに、男尊女卑の態度と、なんで派遣がここに、という視線がとても不快だった。早くここから抜け出したくて、時間ばかり気にしていた。


「以上をもちまして、今後の説明を終わります。各部署の連携が必要ですので、今後もよろしくお願いします」


 その言葉をもって会議が終わる。やったーっと背伸びをして会議室を出ようとしたが、呼び止められた。


「総務さん、お茶の片付けと掃除。お願いしますね」


 お茶の準備をしたのは、菜花。だから片付けも当然。わかっていたことだけど、マーケティング部企画課が用意した会議なら、後片付けぐらいそっちでやってよ、という言葉がのどもとまでせりあがったが、これも仕事。ぐっと飲み込むしかない。

 わかりましたと爽やかな笑顔をつくって、十五人分の湯呑みをお盆に乗せた。それから机を丁寧にふいて、椅子を整える。

 給湯室で湯呑みを洗っていると、「よう」と男の声が。


「準備や片付けを任せて悪かったな」


 やけに明るい声だったが、菜花はふり向かずに湯呑みを洗い続けた。給湯室にやってきた男が司だと、声だけでわかったから。


「このあと、用事でもあるのか? ずっと時間を気にしてたみたいだけど」

「大事な用事がありました。ものすごぉーく、大事で大切な。でも、今日の会議のせいでぶっ潰れました。なんで休みの日に会議なんてするかな。休みたくてずっと捜していたんですよ。それなのに」


 ガシャガシャと湯呑みのぶつかる音を響かせた。


「まあ、そう怒るなって。それ、手伝ってやるから、ちょっと付きあえ」


 手伝ってやる。その言葉に、また怒りがふつふつとわいてきた。でも司が慣れた手つきで、次々と湯呑みをふき、片付けていく。


「家事、できるんだ」

「そりゃ節目節目に、氏子うじこさんが何十人と神社にやってくるからな」


 仕事は激務。家業の手伝いもこなす。この人はいったい、いつ休んでいるのか。ふうん、と気のない返事をしても司の身体からだが心配になる。その途端、給湯室の狭さと、司との距離の近さにドッと心臓が激しく脈打ちはじめた。


「あ、あとは、ここの鍵を返してくるので、し、失礼します」


 舌をもつれさせながら、頭を下げた。そしてそのまま、そそくさと狭い給湯室から抜け出そうとした。それなのに「待て、待て」と、腕をつかまれる。

 ここでようやく、司と視線がぶつかった。神職らしい装束も素敵だが、隙のないビジネススーツもよく似合う。かっこいいと脳が判断した瞬間に、頬が熱くなった。すると司は手を離す。


「鍵は俺が返しておく。昼飯に付き合ってくれ。試飲会に出す料理のことで少し悩んでる。どうしても女の意見が聞きたいから、頼む」

「おごりですか」

「会社の経費だ。心配するな」

「それなら……」

 

 司の背中を追いかけるように、給湯室を出た。だが、エレベーターに乗っても司は無言で、顔も合わせない。どこか気まずい雰囲気の中、一階に到着する。菜花はカフェレストランへ足を運ぼうとしたが、「そっちじゃない」と呼び止められた。


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