五月は繋いだ縁を結ぶ
五月一日(金) 本気で人を好きになったこと、ありますか?
① 5/1 ユウユからのプレゼント
菜花はスマホを覗き込んでため息をつく。
良雄は千乃のことが好き。そうに違いないとメッセージを送った。千乃からの返信は「そんなバナナー」のひと言だけ。かわいいバナナとお猿さんの絵文字つきで。そして、良雄からの連絡はない。「体調はどうですか。大丈夫ですか?」のメッセージに、既読すらつかない。あれから五日も経つのに。
「嫌われちゃったのかなぁ」
情けない声をこぼしても、嫌われた理由が思いつかない。「はあぁ」と何度も肩を落としていると。
「ウザい」
凄まじいスピードでキーボードを叩くユウユから、苦情が来た。
「……すみません」
叱られたので、またため息をこぼしそうになったが飲み込んだ。それからも仕事に集中できない。すると、ユウユが切れた。
「いったい、どうしたの? 菜花は雑用しかできないのに、そこをおろそかにされると、あっちにも、こっちにも、迷惑がかかるの。で、それを責められるのが私。わざと手を抜いてるの?」
「そんなこと、ないです」
ユウユがやるべき仕事を、たくさん肩代わりしていた。だから失敗してはいけないのに……。申し訳なく思ってしゅんとしてると、ユウユは分厚いファイルを菜花のデスクに置いた。
「悪いけど、今日の打ち合わせに出て。私は忙しくて、無理。がんばってね。打ち合わせ以外にも菜花の仕事は――」
分厚いファイルをめくって、早口でまくしたててくる。メモする暇も与えてこない。
「それじゃ、頼んだわよ」
ユウユは再びキーボードを打ちはじめる。でも、菜花が理解できたことといえば、夕方からの打ち合わせ。試飲会の当日、多目的ホールで使う備品の確認など。細かいことや整理整頓が苦手なユウユらしく、面倒くさいことだけを押しつけてきた。
「あの、打ち合わせの時間が夜の七時って。派遣が残業すると叱られますよ。ユウユさんから頼まれたって、言いますよ。大丈夫ですか?」
「リストアップされた資料をもらって、ちょこっと話を聞くだけよ。数分で終わるから、残業にはなりません」
「えっ、それじゃただ働き」
「サービス残業って言葉、知らないの? 社員は当たり前のようにがんばってるんだから、文句言わないで。あっ、時間を潰すのに困るんなら、これどうぞ」
ユウユが差し出したのは、一階にあるカフェレストランの食事券だった。
「さ、三千円分……」
ユウユからのプレゼントに、天変地異が訪れるのかと思った。
「あそこにひとりで入る勇気ないから、あげる」
「え? お友達と一緒に行けば」
「あのね、友達と一緒に行って、ひとりだけ食事券なんておかしいでしょう。使えると思う? みっともなくて、できないわよ」
カリカリ怒っているから、それ以上、話をするのをやめた。
今日は早く帰った方がいい気がするのに、こういうときほど帰れない。唯一の救いは、打ち合わせの相手が司じゃないこと。
それから退社時間まで小さなミスをくり返して、叱られて。それの連続。ようやく総務の仕事から解放されたとき、ユウユが「お先に」と帰っていく。
「なんだ、アフターファイブが忙しいだけか。わたしがやめたあと、大丈夫なのかな」
六月末でここをやめる。そのあと菜花に押しつけてきた仕事は、すべてユウユに襲いかかる。おそらくすぐに新しい人が入ってくるだろうけど、その人が仕事を覚えるまで大変。ひどくわがままで自分勝手なユウユのもとで働けるのは、菜花ぐらい。やめたあとのことを気にしても仕方がないのに、ユウユのことが心配になる。
菜花は深いため息をついて、スマホの時計を見た。打ち合わせまで一時間半もある。
「暇だなぁ」
打ち合わせが終わってから、ゆっくり食事しようと決めていた。しかしふとイヤな予感に包まれた。しん、とした打ち合わせ中に腹の虫が大合唱をはじめたら。考えただけでも、恐ろしい。
「先に、食べとこ」
お腹を軽くなでながら、早足でエレベーターに向かう。
エレベーターが到着すると、ポンッと上品な音を鳴らして扉が開いた。菜花はいつもと同じように乗り込もうとしたが、大声で「ぎゃぁぁああッ!!」叫びそうになり、慌てて口を塞いだ。
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