四月二十六日(日) 良雄とデート

① 4/26 春と言えばあれ

 うぎゃっ! 短い悲鳴をあげて飛び起きた。

 朝風呂で血行をよくして、シャキッと若々しく見せようと考えていたのに、寝坊した。


「落ち着けぇ、まだ時間はある。移動に四十分かかるから、あと一時間で準備をして……って、頭、ボサボサ!」


 大事な日に限って、後ろ髪が跳ねている。でも、慌てない。ドライヤーを使えばもとに戻る。それよりも、顔。菜花は鏡を覗き込む。

 昨日のうちからおこなった、肌のメンテナンスはバッチリ。コラーゲンやローヤルゼリー。酵素などの成分が含まれている、美容ドリンクも飲んだ。むくみ対策に着圧ソックスを穿いて寝たから、足も顔もすっきり、大丈夫。

 鏡の前で笑顔をつくりながら、菜花は気合いを入れた。


 男性経験のないヤラミソだけど、初デートというわけではない。遠い過去の記憶をさぐりながら、イメージトレーニングをする。

 ストッキングが伝線して恥をかいたことがあるから、今日は新品を。ブラウスにしわがないか、もう一度点検。ストレートの髪だけど、ヘアオイルで艶を出す。メイクは手を抜かず、ゆっくり丁寧に。最後に、鏡で全身を確認しながらアクセサリーを決める。


「よし、完璧!」


 鏡の前でくるりと一回転した。それからバックの中身を確認して、いざ出発。


「あっ、そうだ」


 玄関まで来たのに、また部屋へ戻った。

 ハンドクリームを取り出して、べたつかないようにきちんと塗り込む。顔よりも年齢が出るのは手。良雄より年上の菜花なら、ここをおろそかにしてはいけない。それに――。

 視線を宙に浮かせて、頬を赤く染める。

 良雄とふたりっきりで会うのは二回目。さすがにキスはまだ早い。でも、手をつなぐ可能性はある。

 へへへと照れ笑いをしながら、菜花は春の中へ飛び出した。

 

 やさしい風にゆれる木々の緑に、新緑を鮮やかに彩る陽光。ほこりっぽい空気の匂いも、気にならない。いつもと同じ道を歩き、街路樹を眺めているだけなのに、心が躍る。

 四月生まれの菜花は、春が好き。でも――。


「……風邪ですか?」


 待ちあわせ場所に来た良雄は、大きなマスクをしている。


「ごめん、これは風邪じゃなくて、……っくちゅん」


 小さなくしゃみをした。よく見ると、目の縁が赤く涙目。


「花粉症ですか?」

「うん。今年もスギが……。薬、飲んできたのに、外は……っちゅん」


 目をぎゅっと強く閉じてから、顔を背けて小さなくしゃみ。そのあとの照れ笑いが、かわいい。菜花は思わず笑みをこぼした。


「あっ、いま僕のこと、子どもみたいって思ったでしょう?」

「お、思ってませんよ」

「ホントかなぁ。童顔だから、子どもっぽいってよく笑われるんです。渋い男になりたいのに」


 マスクで顔半分が隠れていても、良雄のパッチリとした大きな目は、かわいく見える。しかも二重まぶたで、黒目の比率が大きい。童顔要素が満載なので、彫りが深く、シャープで男性らしい顔つきの正反対にいる。気にしているならかわいそうだけど、それが良雄の魅力。年齢を気にする菜花には、うらやましすぎる話だった。


「そのうち、年相応の落ち着きが出てきますよ」

「だといいけど……。これじゃ、いつまでたっても弟のままだから、結構、つらいです」

「弟?」

「千乃さんです。僕が生まれたときからの付き合いだから、ずっと弟扱いで困ってます。この前なんか」


 目的のカフェへ到着するまで、良雄はずっと千乃の話をしていた。

 千乃の実家が町の電気屋さんで、電化製品の修理を間近で見ているうちに、様々な知識を身につけたこと。千乃を追いかけてアカツキビールに就職しようとしたけど、落ちたこと。残念会と称して、ふたりで盛りあがったことなど、嬉しそうに話す。時々「くちゅん」とくしゃみをしながら。


「本当の姉弟みたいに、仲がいいんですね」

「僕はひとりっ子で、千乃さんには弟と妹がいますから、さらに弟が増えたぐらいにしか思ってないのかな。残念だけど」


 残念? 良雄の言葉はどこか引っかかった。



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