四月十八日(土) 菜花、司と出逢う

① 4/18 ここはどこ?

 頭が痛くて、目が覚めた。

 これが三十路最初の朝かと思うと、身体からだを起こすのもだるい。でも、のどがカラカラに渇いて水を欲している。掛け蒲団からいも虫のように這い出すと、菜花はそのまま床に転げ落ちた。


「いったぁーい。なによ、まった……く?」


 菜花はいつも蒲団を敷いて眠る。それなのに、ベットから落ちた。しかも、昨日ひとりだけ浮いていた、地味でパッとしないネイビーのパンツスーツじゃない。慌てて立ち上がり、全身を確認した。

 飾り気のないシンプルなキャミソールは着ているけど、ノーブラ。脱いだ覚えはない。それ以上に驚いたのが、菜花の服。


 肩から袖にかけて、砂漠用の迷彩であるデザートカモをテープ状に施したフルジップスウェットパーカーに、左大腿部に知らないロゴがプリントされた黒のズボン。まったく知らない服は、袖も長けりゃ、腰まわりもぶかぶか。

「なにこれ、男のジャージみたい」と口にしてから、本当にメンズ用だと気が付いて、卒倒しそうになった。

  

 昨日は、菜花の人生で一番多く飲んだ日。二日酔いで頭がガンガンするのは仕方ないこと。でも、このジャージは? 必死になって記憶の糸をたどっても、頭が痛いだけ。

 見知らぬベットに腰を下ろすのも気が引けて、へなへなと床に座り込んだ。それから両手でサイドの髪をつかんで考える。すべてが唐突すぎて、思考が追いつかない。事情がさっぱりわからない。


「そうだ、スマホ。わたしの荷物は?」


 床に這いつくばってさがしていると、こんこんとドアをノックする音が。思わず「はい」と返事をすると、ドアが開く。


「おはようございます。気分はどうですか?」


 とても母性的な、やわらかい雰囲気の女が入ってきた。菜花よりも四、五歳、年上に見えたが、まったく知らない人。びくっと身をすくめると、怖がらないでと眉をさげた。


「聞きたいことが山ほどありそうね。でも、まずはこれを飲んで。二日酔いにはスポーツドリンクがいいのよ。しっかり、水分を補給してくださいね」


 にこりと笑ったその顔も、やさしさに満ちている。ありがとうございますと頭を下げて、コップを受け取った。不安で落ち着かなくても、喉はカラカラ。唇をすぼめて一口飲んだ。

 ほどよい甘さのあとに、さっぱりとした柑橘の味がのどを流れていくと、身体の隅々にエネルギーが行き渡るようだった。


「美味しい」


 渇いたのどが「もっとくれ」と要求してくるので、コップを傾けてごくごく飲んだ。


「よかった。元気みたいね」


 子どもを心配する母親のような表情を見せている。初対面なのにそのまなざしはどこまでもやさしくて、菜花は徐々に冷静さを取り戻す。


「すみません、ここはどこですか?」

「社務所の奥です」

「社務所の奥って、神社の?」


 んーっと眉根を寄せて思い出そうとしたのに、頭の中は白い靄のようなものでいっぱい。覚えていることはひどく惨めな合コンと、コンビニでお酒をたくさん買って神社に。


「神社……」


 もう一度つぶやくと、青白い月明かりが脳裏に浮かぶ。

 まったく願いを叶えてくれない縁結びの神様に、ありったけの文句をぶつけてやろうと神社に来た。


「そうだ。わたし、縁結びの神様に会ったんです!」

「縁結びの神様って、つかさくんのことかしら?」

「司くん?」

「ちょっと待っててね。呼んでくるから」

「呼ぶって、えっ、どういうことですか? あっ、待ってください」


 慌てて止めても、女は部屋を出て行った。

 ぽかんと口を開けたままの菜花は、ハッとする。司くん、ということは男が来る。ひぃっと短い悲鳴をあげて、肩まで伸びたボサボサの黒髪を手櫛で整えた。だがそれだけでは、顔を合わせられない。


 酔い潰れてそのまま眠ってしまったのなら、メイクを落としてない。お風呂にも入ってない。きっとひどい顔をしている。

 会いたくない。会えるような状況じゃない。あたふたと逃げ惑ったが、司くんとやらがやってくる。

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