⑧ 4/17 泥酔菜花の本音

「松山勝美みたいに、輝く女性になりたーい。でも、結婚もしたぁーい」

「うわっ、なんだいきなり」

「結婚よ、結婚。……って、いま、何時?」

「ん? もうすぐ十二時だな。急がないと終電に間に合わないぞ。タクシー、呼ぶか?」

「タクシィーィィ? そんなの必要なぁーい。縁結びの神様が、ちゃちゃいっと神通力で送ってくれるんでしょう~」

「あのなぁ……。ま、いいか。そこで大人しく待ってろ。タクシー、呼んでやるから」


 ふっと目の前から、縁結びの神様が離れていく。もともと丸い菜花の目がいっそう見開かれて、あっという間にうるんだ。


「いかないで!」


 顔じゅうをくしゃくしゃにして泣きながら、縁結びの神様にすがりつく。両手の指をかぎのように強張らせて。


「お願い。ひとりにしないで……ください」


 弱々しくて、ほとんど聞き取れない声をこぼしたのに、縁結びの神様は強張った菜花の指をやさしくほどいて、肩を引き寄せた。


「わかった。どこにもいかないから、落ち着いて」


 双眸を真っ赤に染めた菜花は、目を閉じる。縁結びの神様はとても温かい。守られているような安心感に満たされると、心が楽になった。

 しばらくするとまた眠気に襲われたので、菜花はカッと目を開く。


「明日、わたしの誕生日なんです」

「それは、おめでとう」

「めでたくない! 三十路ですよ。とうとう三十路。しかも明日は仏滅ーッ」

「三十歳でもいいじゃないか。俺は三十二歳だ」

「よくない」


 まだ残っていた涙をぐいっとぬぐい、すわった目で縁結びの神様をにらみつけた。

 

「ねえ、男は三十歳まで童貞だと魔法使いになるんでしょう。女は、三十路まで処女を守ったら、なにになるのよ」

「おい、ちょっと待て。なんてことを言い出すんだ。んなもん、知るか」

「あなた、縁結びの神様でしょう! ちゃんと答えなさいよ」

「無茶を言うな」

「はあ? 聞こえませんよ。はっきりと丁寧に教えて、く、だ、さ、い」

「ええぇ……。そうだなぁ……、なんだろ。……男が魔法使いなら、女は魔女とか」


 菜花はぶはっと腹を抱えて笑い出した。


「ばっかねえ、女は恋をした瞬間から魔女なのよ。知ってる? 好きな男の子に振り向いてもらうためにおまじないしたり、毎日の星占いを気にしたり、もう立派な魔女なのよ。残念でした。はっずれー」

「…………」


 縁結びの神様は黙っているが、ムカつく女という表情を見せた。ちょっと調子に乗りすぎたと、菜花は慌てて視線をそらした。すると急に胸がムカムカして――。


「吐きそう」

「えっ、こんなところでやめてくれ。ほ、ほら」

「うっさぁーい、大丈夫だって。それよりも聞いて。たっかいブランドの服、靴、カバン。そんなもの持ってない女でも、女なの。休日はぐうたらして、マンガ読んで、ゲーム三昧。そんな女がいてもいいよね。短いスカートも苦手。化粧だってうまくない。それをさ、わざわざ蔑まなくても。踏み台にしなくても……。この惨めな気持ち、縁結びの神様なら理解できるよね」

「さっぱりわからん」

「うそ、わからないの? 自分らしく生きてなにが悪い! って話。あーもう、今日の合コンは最悪だった!! ……やっぱり、吐く」

 

 頭のてっぺんから、急激にさあっと血の気が引く。同時に、腹の底から気持ち悪さがぐんとせりあがって止まらない。


「待て、待て、待て。これを使え」


 コンビニのレジ袋を押しつけられたが、目の前が真っ暗に。テレビを消したときみたいだと、ぼんやりとした意識の中で笑った。そしてそこからの記憶がない。

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