ハンマークラビーア
増田朋美
ハンマークラビーア
ハンマークラビーア
今日も、鱗太郎はがっかりしていた。今日もまた、オーケストラの人たちから、心ないことを平気で言われて、落ち込んでいたのである。そりゃ、確かに、指揮者というものは、オーケストラに雇われているというのは間違いではないのだが、其ればっかりが強調されてしまうと、なんだか嫌な気がしてしまうのである。
「あーあ、結局、俺はただの飾りもんとしか見られていないのかなあ。そうじゃなくて、もっと、音楽に対して真剣にやってくれる者っていないんだろうか。」
そういう事である。俺は、たぶん、あの人たちに取って、単なる飾り物である。指揮者というのは、音楽を作るうえで、絶大的なリーダーなのだが、裏ではオーケストラに雇われていて、オーケストラのほうが、経営権があるという、なんとも言えない矛盾した形態になっているのである。だから、こうしてオーケストラと、衝突してしまうと、大変なことになってしまうのだ。
「あーあ、メンバーさんにバカにされないで、俺が音楽を作っていけるようになるには、どうしたらいいもんだろうか。」
そういう時は、指揮者として、ガーンと言ってやりたいものだが、この指揮者がオーケストラに雇われている、という設定を持ち出されてしまうと、何も言えなくなってしまうのだ。
そんな思いをしながら、道路を歩いていると、小さな古ぼけた家から、ピアノの音が聞こえてきた。ああ、また、へたくそな誰かがピアノを弾いているのかな、と、思ったが、こんな古ぼけた家から、ピアノの音が聞こえてくるだろうか、と思われるくらいの小さな家だった。家の玄関ドアには、小さく、「森塗装店」と看板が貼ってあった。つまるところ、ペンキ屋だ。そんなペンキ屋がこんなにうまい演奏をするかと思ったが、間違いなくピアノの音は、その家の窓から聞こえてくるのである。
それも、難曲と言われる、ベートーベンのソナタ、「ハンマークラビーア」の第一楽章であった。素人が、こんな難しい曲を、こんなにきれいに弾きこなすかなあ?若しかして、レコードを聴いている音が漏れているのかと思ったが、ダンパーペダルをぎゅうぎゅうと押している音が、規則的に聞こえてくるので、人間が弾いているんだとわかった。と、いう事は、どこか音楽学校でも出た人が弾いているのだろうか。しかし、音楽学校へ行くというのは、自分もそうだったけど、裕福な経済事情である人でないといけない。第一、ハンバークラビーアという曲を弾きこなすわけだから、誰か偉い先生にでもついている人でないと。というのが、一般的な人の考える推理であるのだが、例外のないルールはないという事は、鱗太郎も知っていた。そして、その例外として、挙げられる人たちは、基本的に数奇で不幸な人生を送っているという事も、知っている。そういう人に対して、どういう印象を持つのかはその人次第だが、鱗太郎は、そういう人を見かけると、何とも言えない勿体なさというのを感じてしまって、俺が陽の光を浴びさせてやろう、と思ってしまう癖があるのだった。
幸い、この家は、石塀がなかった。それに平屋建てだったから、窓まで直ぐに手が届く。鱗太郎は、窓をちょっと叩いた。すると、中での演奏は突然止まった。ああ、やっぱり、人間の演奏だったんだなと、考えなおす。
「ちょっと開けてもらえないだろうかな?」
鱗太郎は、窓の内側にいる人物に言った。
「あ、怖がらないでくれ。怪しいものではないから。ただ、君の演奏がうまかったから、一寸感想でもと思ってな。ちょっと開けてもらえないだろうか?」
窓は、キキイという、嫌な音を立てて、そっと開いた。ずいぶん長く開けていなかったらしい。
「何ですか?」
と、窓のうちがわに居た人物はそういうことを言った。それは、十代後半から、二十代くらいに見える若い男性であった。でも、なんだか自信がなさそうで、何時もしたばかり見ているような、そんな顔をしている。
「ああ、もう一回言うが、怖がらなくてもいいんだよ。と言っておきながら単刀直入に言うが、君はさっき、ピアノでハンマークラビーアを弾いていたね。」
鱗太郎はそういいながら、窓から部屋の中をのぞいた。確かに本物であることは疑いない。彼の目の前に、かなり古いと思われるが、グランドピアノが設置されていた。多分、狭い家なので、一番小さいサイズのグランドピアノだと思うけど、それでもグランドを持てるのだから、其れなりにやってきたのだろう。
「ええ、確かに弾いていたのは、僕ですが。」
と、男性は細い声で言った。
「もっと自信をもって言ってもらえないだろうかね。君の演奏は、リズムもしっかり整っていたし、音もしっかり響いているよ。ちょっと外へ出てもらえないだろうかな?」
男性は、ちょっとびっくりしたようだったが、鱗太郎が悪いようにはしないからというと、ちょっと待ってくれと言って、窓を閉めた。鱗太郎が、早くしてくれないかなと思いながら待っていると、お待たせしましたと言って、彼は古ぼけた玄関から出てきた。
「ここじゃちょっと、まずいから、屋台のおでん屋でも行こう。」
鱗太郎は、屋台がどこにあるのか知っていた。確かバラ公園の近くに、何軒かの屋台のおでん屋が、店を構えている。二人が、その通りに行ってみると、おでん屋ではなく、ラーメン屋があった。まあ、ラーメンでもいいやと思いながら、鱗太郎はとりあえず、ラーメン屋の席に彼を座らせる。
「好きなもの何でも食べていい。今日は奢ってあげるから。まず、君の名前を教えてもらえないだろうか?」
鱗太郎は、そういって、お品書きを差し出した。彼は、じゃあ、醤油ラーメンと言った。ラーメン屋のおやじさんは、あいよ!と、気風よく答えた。その言い方がなんとも対照的で、まるでしなびた大根と、新鮮な大根が並んでいるのと同じくらい、落差があった。
「一体何ですか。広上先生、僕をこんなところまで連れてきて。」
と、彼は言った。という事はつまり、音楽のすきな青年なのだろうか。自分の事を、広上だと、わかってしまうんだから。自分も音楽関係のテレビ番組などに、良く出演していた事があったので。
「おう、じゃあ、また単刀直入に言う。君の、ハンマークラビーアは、非常に感動的であったので、ぜひ、演奏会に出演してもらいたい。これでどうだろうか?」
鱗太郎は、ちょっと緊張してそういった。
「いや、無理ですよ。あれはただ、僕が最も尊敬している人が、すきな曲だったから、弾いていただけの事です。」
と、彼は言う。
「い、いや、そうじゃなくてね。君は、少なくとも、あれが弾けるという事は、かなりの技術があると思うんだが。それを隠して生活するようでは、本当にもったいないよ。今の時代は多少訳ありでも、それを売り物にして、演奏会に出演する人はたくさんいるんだからね。ほら、車いすの人でも、演奏会に出演することもあるじゃないか。其れと同じでいいんだ。是非出てもらえないだろうか?」
「そうですが、無理ですよ。僕は、そういう所には出ることはできません。さっきのハンマークラビーアは、ただ好きだったから弾いていただけで、うまくも何もありませんよ。」
彼はどうしてそんなことを言うのか、鱗太郎は不思議になって、質問を変えてみることにした。
「君、音大には行ったの?」
「いえ、行きませんでした。中学校も、まともに出ていないので。だから、僕は、演奏という事はできません。」
と、答える彼に、鱗太郎は、もう一回聞く。
「いや、音楽大学に行った奴は、個性的な演奏ができなくなるから、かえって面白くないと思う。そういうやつは演奏技術はあるが、師事した先生の言う通りの演奏しかできなくて、つまらない演奏家であることが多い。多少どこかで挫折を経験した奴のほうが、とても人間的で面白い演奏をしてくれるものだ。ほら、そういうピアニストもいっぱいいるじゃないか。あの、エレーヌ何とかという、オオカミ大好きなちょっと風変わりなピアニスト。」
「ああ、あの人ですか。」
彼もそこは通じたようであるが、鱗太郎は、自分の物忘れのひどさにがっかりする。せめて名前を憶えていれば、もうちょっと突っ込んだ話ができるのではないか。
「確かに彼女はすごいと思いますが、僕は彼女よりももっとひどいことをしているので、やっぱり演奏会には出演できませんよ。」
と彼は続けて言った。
「そのひどいことというのは、どんなこと何だろうね。大きな挫折でも、今の時代であれば、売り物にすることはできると思うよ。まあ、多少の批判というものがあるだろうがね、其れは、君の演奏が十分、カバーしてくれるだろう。」
鱗太郎は、ちょっといら立ってそう聞いてみた。彼のその事情というものは、どういうモノなのか。よくわからなかった。
「だって僕、刑務所入ってましたから。」
と、彼は静かに答える。
「刑務所!」
鱗太郎は素っ頓狂に言った。
「刑務所って、何をしたんだい?」
「ええ、どうしても周りの人が嫌で、誰かに害を与えたくて仕方なかったんじゃないかと、今は思っています。だって、僕のうちはそんなに裕福でもなくて、ただの塗装業だったのに、母が、体裁を気にして、僕にピアノなんか習わせてましたから。父は、そんなこと必要ないって言ってましたけど、母は、そうじゃなかったみたいで。」
具体的に何をしたのか、男性は話してくれなかったが、とにかく、悪い人ではないことは、鱗太郎にもわかった。たぶん、家庭不和のせいで、少し精神がゆがんでしまっていたのだろう。病んでいたというほうが、正しい言い方かもしれない。それが原因で、窃盗をしたとか、あるいは、違法薬物に手を出したとか、そういう事だろうなと鱗太郎は思った。
「そうか。でも、君は決して、快楽犯のような悪い奴ではない事は、あのハンバークラビーアを聞けば、シッカリとわかる。もしかしたら、事件を起こすくらいの繊細さが、ハンマークラビーアを弾かせているのかもしれない。そういう事だったら、使った方がいい。君が刑務所に入っていた事は、誰にも言わないから、演奏会に出てもらえないだろうか!」
「でも、僕、無理ですよ。」
彼は、そういった。それを聞いて、鱗太郎は、なんとしてでも彼に演奏会に出てもらいたい、という気持ちが、余計に強くなった。
「もし、技術的にむずかしいところがあるんだったら、これから、ピアノレッスンに通うようにすればいい。そのほうが、家に閉じこもっているよりよほどいい。そういう事なら、俺がいくらでも伝手をつけてやるから。」
鱗太郎がそういうと、彼はまたぎょっとした顔をする。
「大丈夫だよ。音楽家というモノは、みんな苦労しているんだから。まあ確かに、ちょっと高慢過ぎるやつもたくさんいるけどさ、そういうやつがたくさんいればいるほど、被害者もいっぱいいるんだから。俺、いくらでも知ってるよ。偉い先生にひどいことを言われて、実力あるのに、身を隠して生活している奴。」
ラーメン屋のおじさんが、二人にラーメンを持ってきた。鱗太郎は、よし、食べろ、と言った。彼は、まだ緊張しているようであったが、とりあえずラーメンを食べてくれた。
「でも、僕は、そういう事は出来ません。だって僕は、やってはいけないことをしてしまったんですから。そういうことを受け入れて、教えてくれる人なんてどこにいますか?」
と、彼は、まだそんなことを言っているが、鱗太郎はそれを言われてあることを思いついた。普通にピアニストとして演奏活動している奴が、そんなに苦手なのなら、普通でない生き方をしてきたやつに、見てもらう様にすればいいのではないか!
「よし、俺の知り合いにな、君のように数奇な運命をたどってきたやつがいる。そいつに手伝わせようぜ。俺が、話をつけてやるから。そいつの前でハンマークラビーアを弾いてみろ。絶対びっくりするよ。」
鱗太郎は、よし、これでうまくいくぞ!とほくそ笑んだ。
「その人ってどんな人なんですか。」
と彼は聞く。
「おう、俺の音大時代の同級生でな。ちょっと特殊な身分に育ったせいで、君のように生きてはいけない存在と言われて生きてきたんだ。まあ、言ってみれば、日本の歴史で犠牲になったと言えばいいのかもしれない。でも、そいつはな、俺が見る限りでは、百年に一度の大天才だと思ってる。だって、俺の目の前で、世界一難しいといわれる、ゴドフスキーの練習曲を、平気で弾きこなしていたんだからな!」
鱗太郎が言うと、彼の目が宙を泳いだ。鱗太郎は、黙りこくってしまった彼を、肯定したと勝手に考えて、もう決定してしまうことにした。
「よし、今から行ってみようか!そいつも、君が現れてくれれば、ちょっとは元気になろうと思ってくれるかも知れない。今だったら、確実によくなると思われる病気にかかっているが、身分のせいで、治療も何もしないで寝ているだけだからな!」
そういう鱗太郎に、彼は、もうこの人には逆らえないなと思ったのだろうか、もう断り切れないという顔をして、
「わかりました、行きます。」
と、小さな声で言った。鱗太郎は、有難う!と言って、大急ぎでラーメンにかぶりつき、ライオンみたいな食べ方でラーメンを食べ終えて、直ぐにタクシー会社に連絡をし、彼をのせて、二人で製鉄所へ向かった。
製鉄所の前でおろしてもらうと、彼はちょっと、入るのをしり込みした。何か知っているみたいだったが、鱗太郎は、いいから入れ!とちょっと強く言った。それに、負けてしまったのか、彼もすごすご、製鉄所に入っていく。幸い製鉄所の利用者たちは、みんな学校や仕事に出かけてしまっているらしく、留守番をしていた利用者も、まだ一週間前にここに来たばかりで、この人物が誰なのか、知ることは出来なかった。
「ちょっと、水穂に会わせて貰えないだろうか?いま何をしているのかな?」
と、鱗太郎が聞くと、留守番役は、眠っていると答える。その名を聞いて、彼の表情が硬くなるが、鱗太郎は気にしなかった。
「じゃあ、起こしてもいいだろうか。ちょっとこいつの、演奏を聴いてもらいたいんだよ。」
鱗太郎がそういうと、わかりましたと利用者は言った。上がってくださいと言われて、二人は四畳半に通される。長い廊下を歩いて、二人は四畳半にたどり着いた。
「おい、水穂、おきてくれよ!今日は、すごい演奏家を連れてきたんだよ!」
と、四畳半のふすまを開けた鱗太郎は、布団に寝ていた水穂をみて唖然とする。こんな骨と皮ばかりに痩せて!ここまで進行してしまうとは、鱗太郎も予測していなかった。
「おい、水穂!起きてくれ!起きろ!」
鱗太郎は、水穂の体をゆすぶった。其れでやっと、水穂さんは目が開いた。
「水穂、こいつが、素晴らしいハンマークラビーアを聞かせてくれるそうだから、お前は批判でも感想でもなんでも言ってやってくれ。ただし、ちょっと自信がないようだから、あんまり辛口な採点はしないでくれよ。」
と、鱗太郎が説明すると、水穂は隣に座っている男性を見た。彼が誰だか分ってしまったような、そんな目であった。
「お前、こいつの事知っていたのか?」
鱗太郎が聞くと、
「森さん、、、。」
と、水穂も言った。鱗太郎は二人の顔を見ながら、おどろいた顔で何も言えずにいた。
「もう、刑期は終わったんですか?」
「はい。先月、出所しました。その時は、本当にすみません。僕、本当にひどいことを水穂さんにしてしまって。申し訳ありません!」
と、森君は水穂に手をついて謝罪した。水穂は、起き上がって布団に座ろうかと試みたが、力がなくて、それは出来なかった。それをみた森君は、自分のせいで、そうなってしまったのではないかと思ったらしい。みるみるうちに涙を流して、こういうのである。
「すみません!すみません!僕がそんなひどいことをさせてしまって、申し訳ありませんでした!ごめんなさい!」
「そんなことありませんよ。」
と、水穂さんは静かに言った。
「僕は、どっちにしろ、生きていたってしょうがないんですから。そんなこと、わかりきったことですから。」
「それ、僕もわかります。僕も、水穂さんにそういうことをしたせいで、生きてはいけない人間になってしまいました。そういう事ですから。」
なぜか、森君と水穂はそういうことを言い合っているのだ。なんでそういうことが、お互い聞きあえる関係なのだろうか、鱗太郎は不思議だった。
「おいおい、二人とも、まるで自殺仲間と出会ったような、そんなせりふを言い合わないでくれ!俺たちは、そういうのではなく、これから生きていくために、引き合わせたんだからな!」
しかし、水穂さんの目はもう閉じたままであった。鱗太郎が、おい、お前!と言っても、森君が、水穂さん!と声をかけても、反応しなかった。二人が、おい、シッカリしろ!目を覚ましてくれ!といくら言っても、声を荒げても、、、、。
水穂は、ふっと目を覚ました。
「あ、良かった、目が覚めたみたいだな。よかった、良かったよ。」
枕元には杉ちゃんがいた。
なにがあったかわからないが、自分の右手は、由紀子さんに握られている。由紀子さんは、目を真っ赤にして泣いているのだった。
「もう、一人で外へ出るなんてしないでくれよ。広上さんが、見つけてくれなかったら、今頃どうなってたか、わからないじゃないかよ。」
広上さん?そんな人はどこに居るのかと考えていると、中庭の敷石の上で、鱗太郎が立っているのが見えた。
「一体何があったんです?」
水穂が聞くと、
「もう、とぼけないでよ!道路の真ん中で倒れてたのを、たまたま通りかかった、広上先生が見つけてくださったのよ!」
由紀子がそういって、さらに水穂の手を握りしめた。
「しかし、なんで、道路なんか歩いていたんだろうな。単に、のどが渇いて自動販売機に行くのなら、人を呼び出すくらいやってもいいよなあ。」
杉ちゃんは頭をかじりながらそういっていた。確かに、道路を歩いていた理由は覚えていない。でも、確かに道路では歩いていたような気がする。でも、そのあとどうなったか。記憶がすべて抜け落ちてしまったような感覚だ。
「その話は俺がする。そんなにげっそりとやせ細って、道路で血を吐いて倒れてた。右手にはしっかり、150円握りしめていたぞ。」
と、庭に居た鱗太郎がでかい声で言った。
「すみませんねエ。全くよ。一人で自動販売機何て、当の昔にできなくなっている事、忘れてたんだろうよ。まあ、今回は許してやってくれるか。一応、助かったという事でさ。」
杉三が鱗太郎に言うと、全くだと鱗太郎は頭をかじった。
「じゃあ、森さんが、一緒に来たのは。」
「まあ、ぼけちゃったのかしら、、、。」
由紀子が、そんなことを言っていた。という事は、つまり夢を見ていたんだろう。水穂はほっと溜息をついた。
「まあねエ。俺が一助けするなんて、絶対ないだろうなと思ったら、こんなところに転がっていたとはな。全く、俺もオーケストラの人に、馬鹿にされた帰り道、とんでもない出来事に遭遇してしまったもんだ。」
鱗太郎がそういうと、水穂のそばにいた沖田先生が、
「良かったですよ。もし広上さんが見つけてくれなかったら、このまま斃死していたかもしれません。ありがとうございました。」
と礼を言った、でも、その顔は厳しかった。鱗太郎は、その顔を見て、水穂さんにはまもなくあることがやってくると確信した。それは、非常に大きな損失になるだろうな、と思ったが、それは口にすることはできなかった。
同じころ、刑務所で、箪笥作りの仕上げをしていた森君は、
「90番、面会だ。」
と言われて、今日も刑務官の後をついていく。多分きっと世話好きの両親がまた面会に来たのだろうと思いながら。
ハンマークラビーア 増田朋美 @masubuchi4996
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