その名を口にする
他のガレキを崩さないように慎重に羽山と少女をガレキの中から連れだして、血まみれの体を地面に横たわらせる。
「つまり、君は偶然羽山とあの男の闘いに巻き込まれたと?」
傷口に包帯を巻き付けるなどの応急処置を弟に任せて、姉は一緒にいた少女に話を聞いていた。
「は……ハイ。怖くて逃げられなくて……ビルが崩れてきて……」
「それで羽山と一緒に崩れたビルの中にいたわけね。それは怖かっただろうねぇ」
座り込んでいる少女の頭を抱えて抱きしめる。
「でも、でも、あの人が守ってくれて、でもそのせいであの人あんなケガして……」
抱きかかえた少女から嗚咽が漏れ出す。
「私がいなければあんな事、あんなケガはしなかったはずなのに……」
泣きじゃくる少女の頭をポンと叩いて
「ん~、それは違うよ。あたしたちはそれをするのが役目なんだよ。もしその時羽山がキミを助けずに1人だけで逃げだしたのなら、アイツはそれを一生後悔すると思うよ。死にたくなるほどにね」
「でも……でも……」
「それならばどうだろうか。君が、彼を助けるというのは」
それは男の声。しかし嶄でも笹良でもない。もちろん気を失ったままの羽山でもない。
「彼を助けたいのなら君が力を得ればいい。上手くいけば人を癒すことの出来るもう1人を得られるかもしれないぞ?」
視線よりも高い場所。3階構造のビルの屋上、そこに男性が立っていた。見下ろすような視線、すべてを見透かしているような表情。
「私ならその手助けが出来る。さぁどうする?」
男の声に男の顔に、風の手が抱きしめていた少女から離れる。
「お前は! あんたは!!」
しならせたムチが瞬間だけ音速を超えて、耳に響くような高音を奏でる。
「決めるのはお前自身だ。自分を命をかけて守ってくれた相手だろう? 恩を返したいとは思わないか?」
「え……恩を……返す?」
もしかしたら自分にもなにかできるかもしれない。そう思ったら自然と微かに笑顔を画が浮かんだ少女の、肩に手をかける嶄。
「ダメだ。アイツの言葉に耳を傾けてはならない。ためになることなど1つもないのだから」
「そうそう。いいことなんか無いよね。体験者は語るよ」
少女に声をかけながら、嶄も凛華もビルの上の男を睨みつけている。風凛華嶄の姉弟が睨みつける相手を笹良は見たことがある。いや、こうして実際に見るのは初めてかもしれない。最初にあったのは夢の中。すべての元凶。双つ影を作った男。倒さなくてはならない相手。この混乱を作りし者。
「――父さん!」
そう、その名は父さん――。
その少女に肩を貸してとなりで立っていた笹良は、その隣で発せられた言葉を耳にしていたはずなのに理解できずに、呆けた表情で少女を見つめていた。
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