第5章 双つ影
あの男の娘
見上げる少女と見下ろす男。この中で唯一その2人の視線だけが混じり合っている。見上げる視線は鋭く、見下ろす視線はどこか優しげに。
しかし、見下ろす視線が変化を見せる。目を細め、哀しげな表情で首を横に振って
「そうか。そう言うことか。考えているものだな。こちらも考えなくてはならなくなった、そう言うことか」
視線をかわしている相手に背中を向ける。
「待って! どこに行くの父さん!」
「そうもいかない。至急にやることが出来た。これはなによりも重要なことだからな」
「――父さん!! まだなにも話していないのに――」
父へと伸ばした腕が、ふとした表紙にがらんと垂れ下がる。体が沈み、意識も沈む。倒れる彼女を支え、ビルの屋上を見上げる笹良の視界の中、ムチを振り上げて飛びかかる風。
「そうはさせるか! これは好機! ここであんたさえ仕留めてしまえばこれ以上あたしたちのような双つ影が増えることはない! ここで仕留めることが出来ればこの闘いの流れが大きく変わるんだ! だから絶対逃がさない!」
右手のムチが真上から襲いかかり、左手のムチが真横から襲いかかる。
「はぁぁぁぁぁッ」
右手のムチがコンクリートの建物を強く削り、風を斬って地面と平行に伸ばされる真横のムチと絡み合う中、その中にあの男の姿はない。数歩下がってビルの谷間に逃げ込んだのを確かに風は見ていて、再度伸ばしたムチを先のビルにからみつけて体を強制的に素早くビルの谷間際まで持っていく。
のぞき込んだ風の視界の中、のぞき込むとほぼ同時刻にしたからなにかが飛び上がるように登ってくる。
「……消えた? って事?」
「んー? 多分そうなのかなー?」
ビルの谷間にあの男が入った瞬間には下から上がってきていた凛華。その2人が行き会えただけであの男は影も形もない。
「あぁぁぁ! 逃げられた!」
アスファルトの屋上に叩きつけられたムチが傷跡を刻む。
秋月が目を醒ますと、まず目に入ったのは屋根のある天井。最後に記憶にあるのはあの男、閻魔を目の前にしていた場面。
「――ッ!」
そうだあの男と会ったんだ!記憶が鮮明になり横になっていた体を起こし、あまりの不調に顔を歪める。
「まだ寝ていた方がいいんじゃないか? なにが起こってその症状なのか判らないんだし」
巨大なおかげかほとんど損壊の無い新宿駅の職員室の一室。窓はなく入り口の横の壁に背をあずける笹良。
「まったく妙なものだよな。最初はオレが何者か疑われていたっていうのに、今となってはそれが逆か」
笹良の言葉に、今自分が置かれている状況を理解する。
「そうか。そうだな。あんな事があったんだ。私自身が疑われてなんの文句が言えるんだろうな」
苦笑すら浮かべずに体を起こして立ち上がる。
「話さなくちゃならないんでしょ? 私と、私が父さんと読んだあの男の事を」
「そう言われている。けど、大丈夫なのか? まだ調子が悪いんだったら寝ていたっていいんだぞ」
「ありがとう。私なんかを心配してくれて」
多少ふらつきながら、入り口に手をかけて
「でももう大丈夫。だから笹良も一緒に来て話を聞いて。これは、すべての双つ影に関係することだから」
戸を開けて、壁に手を突きながら進む秋月。その様子を心配そうにしながらついていく笹良。案内など必要なくたどり着いた先は会議室。細長い部屋に細長いテーブルが置かれ、外周に沿うように安物のパイプイスが並べられている。
イスに座っている人物は全部で5人部屋の一番奥に飛鳥が座り、その左右にここに案内されて紹介された飛鳥の仲間の男女が1人ずつ座る。そこから離れて嶄と凛華の姿。風はその後方の壁に手を組んで背をあずけて立っている。
「……羽山はどうなったの?」
部屋の中の6人全員の視線を集めている秋月の問いかけに、テーブルに両肘ついて口元を手で隠している飛鳥は薄く笑顔を浮かべ
「それは安心していい。命を取り留めることは出来た」
安堵の溜息をこぼす秋月の、表情が続く飛鳥の言葉で固まる。
「ただし命を取り留めることが出来ただけであって、アレだけのケガを負えば当分、もしかしたら一生双つ影として闘うことは出来ないだろう。私たちも人間だ。ケガを負えば死に近づく」
表情を和らげて
「だが今は死に別れなかったことを幸せと思おう。今は少し向こう側の部屋で緑口君に看病されながら寝ていることだろう」
「緑口……?」
聞き慣れない人名に首を傾げていると
「彼が命をかけて守った女性のことだ。私たちと一緒にいると危険とは伝えているんだが、出来ることをしたいといって彼の看病をやめようとはしないのだよ。まぁ、こちらもその方が動ける人員が増えるのいいのだけど」
口元に当てていた手をテーブルに置き
「さてと。そろそろ本題に行こうとするか。とりあえずはそちらに座ってくれ」
「……ハイ」
入り口から一番近いイスを引き、腰かける。
「私たちが今キミになにを聞きたがっているか、それは判るね?」
「そのつもりです」
「それを、今まで伝えなかった理由は?
「特にありません。伝えたところでなにか変わるわけでもないですので」
「それは違うんじゃないの?」
口を挟む風。壁から背を離して
「あたしたちがあの男について知っているのは外見と名前ぐらい。それぐらい謎な人物なんだよ。その人物の娘なんでしょあんたは! ってことは詳しいことを知っているって事じゃないの?
それって、かなり重要なことでしょ」
秋月の目の前のテーブルを強く叩きつける。
「あんたは、あの男と自分の関係が知られるのを恐れていただけじゃないの?自分自身があの男と親子関係だと知られてなにか思われると思ったから今まで黙っていた。違うかな?」
「それもある。でも違う」
「なにが違うって言うの?」
問われて一拍時間が空き、やけにツバを飲み込む音が鮮明に響き、
「あの人は、私の父は病気だ。私は父を出来ることなら救いたいと考えている、それが出来ないのなら攻めて娘の手で終わらせたいと、そう考えている」
「あなた自身が、片をつける? それが今のアナタに出来るのかな?」
「それはどういう意――」
目を薄くして真っ正面から見据える風の手から、無理が伸ばされて秋山の左手にからみつく。
「今のアナタに、そのムチを切り落とすことが出来るのかな?」
もう一方の手から伸ばされたムチが今度は彼女の首元にからみつく。窒息させるほどではないが苦しむ表情見て、さすがに心配になった笹良がムチを触ろうとするが
「触らないでっ!」
一喝されて手を引っ込める。
「いつものあなたならこんなのは簡単に斬り落とすことが出来る。でも今は出来ないんでしょ? 笹良くんから聞いたわよ、あなた、双つ影ではなくなったんですって?」
その言葉に強く反応を見せて、唇を噛んでうつむく秋山。首と手に巻かれていたムチが外されて
「なんでそうなったのかは知らないけど、双つ影でもない人間があの男を倒すですって? それは無理な話じゃないのかな?そんな人を行かせるわけには行かないでしょ?」
言葉の後半は、先ほどから黙って聞きに入っている飛鳥に向けたもの。話を振られて閉じていた口を開く。
「秋山くん、自分がいまの状態、双つ影でなくなったということについてなにか判ることは無いかい? なにかきっかけとか」
首を振る秋山。
「いえ。なにも。私も突然すぎる事でなにがなんだか判りません。突然、力が使えなくなったものですから」
「つまり、なにも心当たりがないと?」
頷く彼女。
「そうか。元々この力はあの男のせいで発生したものだ。その力の消滅もあの男が絡んでいると見てもいいだろうね。この件は調査はしてみるつもりだ。それでももう一つだ」
この部屋を包み込んでいた空気が変わる。その変化に自然と誰も口を開かなくなり、静音空間が続く。それを打ち破るのはこの空気を作りだした男、飛鳥。
「秋月くん、キミは先ほどこういったな。私の父は病気だ。知っていると思うが私たちが知るあの男の情報はあまりにも少ない。そんな中で、隠していたことはとりあえずは目を瞑るとして、キミはあの男の娘。
それを私たちに知られた以上隠し続ける必要はない。
話してもらおうか。あの男のことを」
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