ナイフ
2人とも同じ力が自慢の双つ影同士。どちらかがビルの破片を投げつければどちらかがそれを砕き、こぶし同士がぶつかり合えば空気がびりびりと揺れるほど。どちらとも決定打を繰り出せず拳を交えていた。しかし転機が訪れる。
もう一つの闘いが気になったのか、ほんの一瞬だけ羽山が視線を外した。それを見逃さない双つ影ではなく、地面が凹むほど強く踏み込んで間合いを詰め、羽山がそれに気付いたときには胸板の下辺りに拳がありえないほど強く埋め込まれ、地面から足が離れて体を曲げて背後に飛ばされる。
比較的まともに建っていたビルの外壁をぶち破り、建物の中に入ってもまだ止まらずに、さらに壁を数枚破ってビルを完全に貫通する一枚手前でようやく止まる。
「糞……俺としたことが。よそ見なんぞしてしまうからこんな事……に……」
信じられないものを見たように、羽山の視線が固定された。人がいた。今闘っている双つ影のことではなく、このビルの中に人がいた。前々からそうではあったが、双つ影の闘う場所に人は寄りつかない。いつ巻き込まれるとも判らないからだ。ここ最近ではそうでなくても普通の人を見かける機会が少なくなっている。それなのに。人がいた。突然始まった双つ影同士の闘いでここに隠れたのだろうか。10代後半の長い黒髪が印象的な大人しそうな少女。長いスカートをヒザごと抱えてブルブルと震え、その震える瞳がずっと羽山のことを見つめている。
あまりにも突然すぎる状況を把握できていないのだろうか、それとも足が震えて立ち上がることすら出来ないのだろうか。逃げ出そうともせずにただ震えているだけ。それでも。傷だらけで突っ込んできた羽山のことが心配なのか、震える手を伸ばして
「あ……あの、大丈夫ですか?」
震える両足でなんとか立ち上がろうとして、しかしやはり立ち上がれずしりもちをつく。
「俺はいい。お前はこんなところで一体なにをやっているんだ」
「ひっ!」
羽山の言葉に身を竦ませる少女。慌てて首を振って
「あっ、いや、そんなつもりじゃ。……すまない。しかし判っているだろうがここは今危険だ。歩けるんだったら一刻も早くここから離れるんだ」
「でも……ケガをしていますよ」
「だから俺のことは……」
続く言葉を遮って、足元を襲う地響き。
「今のでくたばったのか? それとも逆転できる策でも考えているのか? どちらでもいい。これであぶり出すまでだ」
地震。ではない。このビルだけが振動に襲われている。パラパラと欠片が舞い落ち、次第にその欠片の大きさが増していく。
「まさか!」
このビルごと自分を生き埋めにするつもりか! 秋山がそれに気付いたときには欠片が破片と呼べる程までに大きくなり、ここまで入ってきた穴が埋まり出す。
「クソッ! 早く逃げろ! すぐにこのビルは崩れるぞ!」
尋常じゃない状況にさすがにこれまで以上の異変に気付いた少女だったが、なんとか立ち上がることは出来たが足が竦んで壁を支えにしなければ立ち続けることも困難な状況。そこに激しい振動が加わって、またしりもちをついてしまう。
「ダメ……です……立てません」
涙目、いや涙を流してうつむく。まだ、羽山1人なら逃げ出すことも可能だっただろう。しかし、それをしてしまったら自分も今闘っている双つ影と変わらない。人の大きさを超えた破片が崩れだし、出口は埋まり、少女をかばうようには山が被さり、やがて比較的まともに建っていたビルが完全に崩れ始める。3階建てだったビルがあっという間に一階の高さ以下に圧縮され、崩れゆく様子を腕を組んで見物していた双つ影は、崩れ去っても誰も出てくる様子がないことに鼻で笑い、振り返ってそこに立っている青年に目を配る。
「今度の相手はお前か?」
「1つ、教えてくれ。お前と闘っていた羽山さんはどこにいる」
黒髪黒服、全身が黒で統一されている青年、嶄はふところからナイフを取り出して
「返答次第によってはここで私が倒させてもらう」
「そんなか細いナイフ一本で、この体に傷が付けられると思っているのか?」
二の腕を見せて筋肉の盛り上がりを強調させる。
「言っておくがこの肉体は炎すらもはじき、銃弾を撃ち込まれたとしても止めることができる。それが扶桑遠戸の双つ影としての力!」
上着を脱ぎ捨て、今度は胸や肩の筋肉を盛り上げさせる。不気味に胸筋を上下させ
「やれるものならやって見ろ! そんなナイフ、はじき飛ばしてやる」
「なら遠慮はいらないか」
言葉を吐き捨て、手にしていたナイフを投げつける。まっすぐ飛ばされたナイフはずれることなく扶桑の左胸に突き刺さり、分厚すぎる筋肉にはじき飛ばされアスファルトを転がる。
「ふん、結果などわかりきっていたことだ。そんなナイフ、何度同じ事をされようとも蚊に刺された程度も感じない」
「ならばリクエストに応えて何度も同じ事をしてみよう」
まったく表情を変えずに、ふところに突っ込んだ手が引き抜かれ、指で挟まれたナイフが片手に4本計8本。時間差で8本総て投げきり、それらがすべて扶桑の筋肉に阻まれて落下したときには、また嶄の手の中にはナイフが握られていた。
「そうか。それがお前の力か? ナイフを無尽蔵に生み出せるということか」
さらに投げつけられたナイフをはじき、
「しかしどうということもない! どれだけナイフを投げようとも関係ない!
この筋肉を通ることはないのだからな!」
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