お姫様抱っこ
「おい! 大丈夫か!」
ぐらんぐらん揺すってますます悪くなる秋月の顔色。
「ええーい! バカか!毒がより回るじゃないか! 大人しくさせろ!」
声を張り上げてぐったりと
「私のことをそんなに心配するんだったら、まずこの戦いに勝て。それから私を心配するなりしろ。治療してもらえると大変助かるんだが」
ぐったりとしつつも顔を上げて、まっすぐに笹良を見つめて
「勝って私を安心させろ」
「……あぁ」
「来るぞ!」
「あぁ!」
肩から手を離して振り返り、深く呼吸する。左手を横に伸ばし、伸ばしてからそこに姿を現した女性の小刀を持つ手首をつかみ取る。
「っ!」
微かに驚きの声を上げて表情を肩ませる女性。薄く笑い
「気分を充分に落ち着ければ結構判るものなんだな。こういう奇襲とかってさ」
つかんだ腕を振り払うべく蹴り上げられた足から逃れ、掴まれた手を振り払って下がった女性。目の前にいると意識しなければいたのが判らなくなるほどに存在感が薄くなり本当にいつの間にかその場所から消えていた。それと同時に視界が暗くなる。
見上げれば今にも自分を押しつぶさんとばかりに落下してくる、横幅5メートルほどのビルの欠片。舌打ちして睨みつけた先の江岸は
「能力ではない力を防ぐことは出来ない」
と言わんばかりに微笑んでいて、振り返って座り込んでいる秋月を見る。このままでは2人とも押しつぶされる。逃げる時間は? このまま1人で逃げるのなら足りる。そんなことは出来ない。高速処理で頭の中で対策が練られ、その間にも破片はすでに1人でさえ逃げきるのは不可能なまでに接近していた。
吸収した能力のストックはない。なにもなければまったくと言っていいほど無力な笹良の持つ双つ影としての能力。そんな彼が唯一今できたことと言えば、包み込むように秋月をかばうことだけだった。
驚きのあまり声も出ない彼女から衝撃を守ろうと、笹良はその時を待った。落下してきた破片は確かにぶつかった音がした。しかしそれはアスファルトの地面にぶつかって砕けた音ではなく、それ以前になにかの力が加わって壊され、実際に地面にそして笹良の背中に落下したのは細かくされた破片だけであった。
「おい、いつまでそんなところでいちゃいちゃしていやがる! さっさと立ち上がったらどうだ」
かなりの痛みを覚悟していた笹良はそれでも警戒しながらゆっくりと立ち上がり、その課程で声をかけた人物が見えたのだろう。
「羽山!?」
聞き覚えのある名前に一息で残りを振り返る。
「まったく、任してみたらこのざまか? あの時の勢いはどこに吹き飛んだんだ?」
空から降ってきた破片と呼ぶには大きすぎるビルの一角を突き出したコブシ1つで、人にはほとんど無害なまでに粉々に砕き、その結果が当たり前のように拳を収める。
「……そっちは……終わったのか?」
「ん~、それ以上はもう喋らない方がいいね。これ以上毒が回っちゃうと命に関わるかもしれないし」
笹良に覆い被された際に寝転がされた上半身を起こした秋月の、横顔をのぞき込むように顔を出してきた風。あまりに唐突に声をかけられてとっさに刀を引き抜こうとして、反対側から姉と同じように顔を突きだしてきた凛華に止められる。
「こっちは逃げられた。というより、ここに全員集まったようだな」
姉と妹の首元をつかみ、その姿勢のまま持ち上げる。
「姉さん気を抜きすぎだ。まだ闘いの最中なんだぞ」
持ち上げられた姿勢のまま
「ちょ! ちょっと嶄! それキツいから!」
長身の嶄に持ち上げられて、ちゃんと立とうにも足が地面までたどり着かない。ばたばたと暴れて首をつかんでいる手を離して地面に足をつき、強く咳き込む。
「冗談だ」
「それない。絶対ない。下手したら死んじゃうし……って! 凛華! 凛華!」
もう片方の手に掴まれていた少女はまったくもがく様子を見せずにというか、呼吸すらも感じられないほど微動だにせずにぶら下がっている。
「……」
ぐったりとしている妹を見つめ、少し考え込んで手を離す。するとちゃんと自分の意識で地面に立ち
「ん? どうかしたの兄さん姉さん?」
首を傾げて姉と兄を見つめる。
「というより、お前ら全員気を抜きすぎだ! ホラ見ろ! 相手は全員集合だぞ!」
一喝する秋山が指す先、ビルの屋上には先ほどまでの4人の他にもう7人、計11人が揃っている。
「あらら、本当に全員集合だね。なに? パーティーでもしたいのかな?」
「ラストパーティーがしたいのならその案、乗ってやってもいいぞ」
「まだ、そんなことをしているんだね、お前は」
風たちを見下ろしていた江岸が、その声を聞いてバネでも利かせているかのようにぐるりと顔を平行まで上げる。道を挟んでおおよそ同じ高さのビルの屋上、風に服をなびかせてまっすぐに江岸を見据える長身の男性。
その顔はどこか江岸に似ていて
「その台詞、そっくりそのまま兄さんに返してあげようか?」
「飛鳥さん!?」
地上からかけられた風の言葉に手だけで返して
「久しぶりだね弟。江岸、と名乗っているみたいだね。母の旧姓か」
「あぁ。私たちを捨てたあの男の名前なんて名乗る気がないからね」
「つまりそれは、今でも人を恨む気持ちに変わりはないということか?」
「当たり前だ。これから表を歩くのは私たちの方だ。あのお方ならそれが出来る。今進んでいる道に間違いなどはない」
「……そうか」
表情を落として
「ならばやはりボクたちは闘い合うしかないのだな」
「……当たり前だ」
「しかしそれには今はふさわしくない。こちらにもそちらにも怪我人がいる。それになにより、ここはボクたち兄弟が闘うには狭すぎる場所だ。お互い、仲間もろとも消しかねない」
「同意だな。今日の所は大人しく立ち去ろう。だが覚えておいて兄よ。私たちが久しぶりにこうして出会えたと言うことは、勝敗を決するときはそう遠くはないということを」
「承知した。その時を、哀しくも儚く待とうじゃないか」
兄に背を向ける弟。筋肉隆々な男が最後まで背を向かずにこの場を圧迫させるように前を向き続け、全員がその場所から立ち去ったあとに自らもその場から立ち去る。張りつめていた空気がごそっと抜けて、それまでの表情を破顔させて優しい笑顔を下に向けて
「さてと、とりあえずはこの場所から撤収だな。誰か……そうだな、そこのキミ」
笹良を指さし
「秋月君を連れてボクについてきてくれ。安全な場所まで案内する。風君たちはこの辺りにまだ敵が潜んでいないか警戒してくれ。他のみんなはボクと共に来てくれ。いいかな?」
頷く面々。ただ1人笹良だけが状況を掴めていなくて、オロオロしているとなんとか立ち上がった秋月に肩を叩かれて
「あの人は仲間だ。安心してくれていい」
やはり立ち続けているのは相当辛いのだろう。ヒザが挫けて前のめりに倒れそうになり、笹良に肩をつかまれてなんとか立ち続けている。
「すまないが……」
「ん、判っている。オレを助けたせいで毒にかかったんだ。なんだってしなくちゃな」
右手を背中に当てたまましゃがみ込み、ヒザの裏に左手を入れて
「え?」
彼女に状況の把握をさせる前に両腕に力を入れて抱きかかえる。俗に言うお姫様抱っこの姿勢でだ。
「――ばっ!」
面白いほど顔を赤く染めて笹良の腕の中で暴れる秋月。しかしここで落としてしまうわけにも行かず、いっそう力を込める笹良。
「バカ! なにをしている! こんな事をされなくても私は歩いていけるぞ!」
「でも体力ないだろ? だったらこうしたほうが早いだろうに。ゆっくり歩かれても色々と迷惑かもしれないだろ?」
「だからといってこれはなんだこれは!」
「ん、抱きかかえているだけだが?」
「だけじゃない! 肩を貸してくれるだけでいい! こんなの……こんなの……」
「恥ずかしいのか?」
「当たり前だ!!」
暴れるのをやめて、近い位置にある笹良の顔を睨み続ける。それに視線を合わさずに、文句言われつつ先を歩き出した飛鳥に追いつこうと、羽山と同じように地面を蹴ったら数メートルのジャンプに成功して、ビルの屋上に着地する。
「おお~」
思わず感嘆の声。
「そのくらい双つ影なら当たり前のことだぞ。なにを驚いている。それより早く私をおろせ」
「いやぁ、だからそれは出来ないって。それとも他の誰かに抱きかかえるの代わってもらおうか? 風だったら同姓だしいいか?」
ビルの谷間を多少危なげに飛び越え、そこから背の低い建物に移動して、地表に降り立つ。
「風はダメだ。アイツに借りを作りたくない。先に言っておくが凛華もダメだ。彼女は絶対にむちゃくちゃに扱って落とされかねない」
「ふぅ。こういう状態だっていうのに、結構わがままを言うお嬢さんひゃ――」
言葉の最後にいきなり頬を掴まれつねられて
「キミの言う、こういう状態にしたのは一体どこの誰だったか?」
「だったら罪滅ぼしにこれぐらいさせてくれたっていいんじゃないか?」
笹良の言葉に秋月は目を瞑って考え込み、数秒後に小さく頷いた。それを確認して視線を前に集中させて、遅れないように速度を速めた。すぐに目を離したおかげで、徐々に悪かった顔色がよくなるわけではないが、赤く変化していたのには気付かれた様子もなく、小さく安堵の溜息を吐く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます