慢心

「――まさかっ!」


 顔をこわばらせて下がろうとするが、前に出ていた体を止めるには時間が足りない。とっさに腕で顔を防いで、直後神楽坂を吹き飛ばす爆風。神楽坂の体は後方数メートル先に飛ばされてアスファルトの上を転がる。


「さすがは元からの使い手だな。とっさに自分の足元を爆発させて逃げたのか」


 放たれることのなかった炎を消して


「察しの通りオレはだな、相手の力を吸収できるんだ。相手の力が強ければ強いほど、オレも強くなれるって事だな」


「バケモノ……か」


「そう呼んでもらって結構」


 隠しきれない笑みが口元に現れている。


「オレのこれは反則みたいなものさ。つまりオレは、双つ影の中でも選ばれた存在、って事だな」


 今消した炎を、数倍大きくして手の中に生み出して


「自分の炎で焼かれてみるか?」


 神楽坂に向けられた手の先には、それまで彼から吸い取った分の炎の柱ができあがっていた。ようやくアスファルトから立ち上がった神楽坂に、容赦なく躊躇なく炎を飛ばす。反対側の歩道近くの車道に立つ神楽坂は諦めたかのようにそこから逃げ出そうともせず今できるだけの炎を同じように笹良に投げつける。結果は彼自身がよくわかっていた。多少の抵抗のあと笹良の炎が押し勝って、止まることなく神楽坂に迫る。勝利を確信した笹良は、さわやかとは無縁なほどの笑顔を浮かべて炎が燃え上がるのを待った。炎は着弾して燃え上がる。しかしそれは強大なビルの外壁の表面を。


 炎が神楽坂に到達する直前、何者かが彼の体を上空へと連れ去っていた。それを見逃さないでいた笹良は視線を上げ、ビルの屋上にたたずむ人影を見つけて睨み上げる。ビルの上では、眼鏡をかけた長髪長身の男性が腕を組んで笹良を見下ろしている。その横には肩で息をしている神楽坂の姿。その首元をつかんで立っている女性。さらに長髪長身の男性を挟んで反対側には見るからに筋肉隆々な男。


「いやぁ、危なかったね神楽坂さん。こちらが到着するのがもう少しでも遅ければ、ご自分の炎に包まれて火傷をしていただろうねぇ」


 目線を笹良から外さないままで。どうにか息を整えた神楽坂は顔だけを上げて


「クソ。悔しいがその通りだな。この場合はあれか? 先行しすぎた俺たちが悪かったのか? 素直に江岸、お前の到着を待っていた方がよかったのか?」


「まぁその通りだね。他の人たちにも援軍送っておいたよ。で、彼がいるここには私が来たわけだが」


 組んでいた腕をほどき、片手だけを胸に当て、軽く会釈する。


「初めまして。あの方の下につく者たちの一部の中で、キミのことはとても話題になっているよ。その話題通り、本当に他人の力を吸収して己のモノとして使えるようだね」


「きっかけはお前たちの仲間のおかげだな。今では思い通りに扱える」


「――ちょっと待て江岸! お前知っていたのか!? アイツがあんな能力を思っていたって事、知っていたのか!?」


 無理して立ち上がり江岸の襟をつかむ。それでも視線を笹良から外さずに


「えぇ知っていたよ。といってもこれを知っているのはまだごく一部なんだ。キミはまだそれを知らなかった、それだけだね」


「貴様っ! 先にそれを教えておけば、こんなみっともない姿にはならなかったというのに!」


「それを知ったところでどうする? 炎を使わずにオレを倒しに来るか? それで、勝算があるのか?」


 腰に手を当てて


「オレのこの力は誰がどう見ても無敵そのものだろ?」


「それはどうかな? 今までの、そして神楽坂との闘いを見物させてもらったが、それで判ったことが2つもある」


 指を二本立たせて、その内の一本を折ながら


「1つ、それはその力は万能の吸収力を誇っているわけではなく、発揮するのは当人つまりキミが意識したときのみ」


 二本目の指を折りながら


「つまりそれは意識されない状態で攻撃を加えた場合には効果がない上に――」


 笹良が気がついたときには江岸の隣りに立っていた女性の姿が消えていて、どこにいったのかと考えを巡らせる前に耳元で剣劇音。振り返ればそこには、手のひらほどの長さの小刀を持って笹良に斬りかかろうとして一本の刀にそれを封じられていた女性の姿。その刀の方の持ち主は


「秋月!?」


「だから私は言ったんだ! 前に出過ぎるなと! キミはまだ完全に力を扱い切れていないではないか!」


 無理な体勢からかばいに入ったせいか、手の甲に切り傷が一筋。刀を交えている女性はそれ以上押そうとはせず、刀を引いて自分の身も引いて素早く消えてしまう。


「大丈夫か!」


「安心しろ、こんなものかすり傷だ」


「……そんな危ないコトしなくても、オレには届かなかったんじゃないか? なにしろオレは」


「――それは無理だろうね」


 言葉を遮る江岸。


「これが二つ目だ。キミのその力は直接放出される力に限定されているはずだ。そうでなければキミの仲間の力も吸われていてもおかしくない。それともそれを隠しているのかな?」


 そう告げる江岸の隣には、先ほど秋月と刃をかわした女性の姿。


「神楽坂のようにたとえば炎を飛ばしたりする能力の場合、来ると判ってさえいればキミのそれは無敵と化すだろう。ただし彼女」


 隣りに立つ女性に顔を向けて


「下山くんの双つ影としての力はこの素早い身のこなし。まるで忍者のようだろう?よって先ほどの一撃は力とは何ら関係のないもの。キミが吸収できるものではない。もちろん、その毒もな」


 瞬時にはその言葉の意味が理解できなかった。意味を飲み込んで振り返ってみれば、そこには片膝を地面について顔色を悪くした秋月の姿。荒く息を吐いて、刀を杖代わりにしていなければ今の体勢の維持も難しそうな様子。


「あ……安心しろ……こんなのは……傷のウチに入らない」


「そんなこと無いだろ!なんかすっごくつらそうだぞ」


「私に構っている場合か! お前は今闘っているんだぞ! 後ろを振り返るな! 前を見ろ!」


「でも、でもよ。オレだろ? オレがいけなかったんだろ? オレがバカやっていたばかりに秋月にこんなケガを負わせてしまって……」


「それは……誰だってあることだ……誰だって双つ影として目覚めたら、自分に備わった力を過信してしまうものだ。私だって、最初こそ受け入れられなかったが、受け入れてからは一時期自らの力を過信していたことがある。そこから学べばいい。それだけのこと、だ」


 刀をつかむ手がゆるまり、両膝をついて倒れそうになるが、直前で肩をつかむ笹良の腕。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る