開眼

 手のひらから出したムチを腕に絡める。地上の激戦でホコリが振る劇場を見回して


「ここともおさらばかな? う~ん、ちょっと寂しいねぇ」


 憂いを含んだ表情を振り切って


「さぁて、次はこっちのターンよね。攻めてばかりはいられないねぇ!」


 劇場を出て階段に足をかける。それに続く弟と妹。共に戦闘態勢を取り、姉と共に階段を駆け上がる。すぐに劇場の中からは見えなくなり、しかし地上での爆音はさらに大きくなった。


「た、闘いか。闘いなんだよな!」


 爆音で劇場全体が微かに揺れるたびに闘いが見えるわけでもないのに上空を見上げ、常に落ち着かない。それとは逆に闘いとなり彼女は今まで以上に落ち着きを取り戻し


「相手は5人。内の3人は風たちが相手をしてくれるだろう。おい羽山! まさかもう戦闘離脱と言う事はないだろうな?」


 劇場の外で上の様子をうかがっていた大男に声をかける。その言葉に伸ばされたウラ拳が背後の壁に亀裂を走らせ


「俺がさらに1人と闘えばいいんだろう? んなこと判っている。5対1だとさすがの俺も分が悪いが、相手が1人ならなんて事もない。そもそも俺の力は――」


「グダグダ言っていないで早く行け! その図体が見かけだけだと相手に知らしめたいのか?」


「なん――だと」


 頂点まで上り詰めた怒りが、一瞬の間をおいて下がり始める。無造作に頭をかき上げて


「判ったよ! 行けばいいんだろ行けば? 1人はまかせておけ! だから残りの1人はお前らにまかせたからな!」


 吠えて、十数段ある階段を数歩で上りきり、踊り場で方向転換して2人の視界から消える。地上での騒ぎがより輪をかけて騒がしくなるが、それに反して劇場に残された人物は2人。1人は刀を地面に突き刺して柄に両手を重ねておいて


「では行くとするか? 準備はいいか? 心は決まったか? 戻り事は出来ないぞ? 避ける事は出来ないぞ? キミももう双つ影となったんだ。進むべき道は判っているな」


 視線を先に、笹良に向ける。地上からの振動にいちいち反応を見せて、向けられた視線を臆すことなく見つめ返す。


「そう……だな」


 自分の手を見つめて


「偶然かもしれないが手に入れたこの力。暴れるだけに使うわけにはいかないよな。そう言う風に使ってしまう奴は多分、この力の持つ圧力に負けたんだろうな」


 階段に足を一歩かけて


「しかし、その先をオレは知っている。いや、見てきた。どこかで誰かがそれを止めようとしないと、その先にあるのは必ずあの光景だろうな」


 夢だったとはいえ腕の中でよく知る少女が息絶えた瞬間を思い出し、とっさに天井を見上げなければなにかが頬をつたってこぼれ落ちていた事だろう。


「だったらオレが止めよう。いや、オレだけじゃ役者が足りないだろうから、一緒に止めてくれるか?」


 天井から下がってきた視線を、苦笑で受け止める少女。


「なぜそれをキミに言われなくちゃならない? 双つ影になったのは私の方が先なんだぞ? つまり私が先輩だ。キミは後輩だ。後輩なら先輩の言うとおりついて来ればいいんだよ」


 刀を地面から引き抜いて、抜刀したまま居合いの形に持ち替えて、薄く笑顔を浮かべて笹良よりも上段に駆け上がる。踊り場付近で振り返り


「さぁ行くぞ。キミの双つ影としての能力を見せてもらおうか? ん? そう言えばどんな力だったかまだ聞いていなかったかな?」


 階段下の笹良を見下ろし、問われた彼がその問いかけに答えるその前に、階段の踊り場から下に向けて秋月が跳躍する。直後に階段の踊り場が炎に包まれる。


「いやぁ! 数日ぶりだな2人とも! あの炎の中から五体満足で帰還したのは褒めてやる! 一体どうやりやがった?」


「そんな事を敵の貴様に教える義理も人情もないだろう? それよりも、私たちの相手は貴様なのか?」


 刀の切っ先を炎と共に踊り場まで降りてきた片腕の男、神楽坂に突きつけて


「それだとするのならば話は早い。今度こそ息の根を止めてやろうか?」


「はん! できるのかお前に? この建物ごと燃やし尽くしてやろうか」


「それよりも前に細切れにしてやろうか?」


「言ってくれるな秋月ぃ!」


 パチンと指を鳴らして、神楽坂の指先に炎が灯る。秋月は腰を下ろして刀を下段に構え、右足で階段の上段を踏みつける。上からとしたからの睨み合いの中、一瞬即発の状況でどちらが動くよりも先に、視線の交わるその道に手が差し出された。


「秋月は、下がっていてくれ。ここはオレがやる。オレが、やってみたいんだ」


「バカを言うな笹良! 確かにお前は双つ影となったかもしれないが、なったからと言って力を充分に使いこなせるとは限らないんだぞ! いきなり1人で実戦だと? 死にたいのか。

 まずは私の援護を――」


 視線を塞いだ手に神楽坂と同じ炎が灯り、続く言葉が出てこない。


「安心してくれ。自分の力ならよく把握している。つもりじゃない。把握できているんだ」


 息を吹きかけ炎を消し、


「そう言えばお前にも感謝しないといけないな」


 口元をつり上げて階段を一歩上がる。


「あの時お前の炎を浴びて、オレの双つ影としての力は完全に目覚めたみたいだ」


「な……んだと?」


 ゆっくりと階段を上がってくる笹良の圧力に、その分だけ神楽坂は歩を後ろに進めてしまう。近づかれる分だけ下がり、ついには階段が終わって建物の外まで連れ出される。


「クソ! まさか俺と同じ炎の力を持っている奴だったとはな」


 劇場の入口から離れ、道路を挟んで反対側の歩道まで下がる。出てくる笹良に一撃を食らわせようと手を炎に包ませ、余裕たっぷりに姿を隠す様子も見られずに劇場から出てきた笹良に、こちらの姿を確認させる前に炎の球を飛ばす。と同時に彼自身も大きく左方に回り込んで直接拳を叩き込ませようとさらに大地を蹴り上げる。


 先の手を放れた炎の弾は笹良の眼前数メートル手前でさらに五つに分裂し、ランダムな方角から笹良に襲いかかる。どれか避けたとしても他の4つまでは到底避けきれない。分裂した分1つ1つのダメージは大したモノではなくなっているが、それでも神楽坂自身が拳を叩き込む時間は作ることが出来る。炎の着弾と時間をずらして笹良に突撃している神楽坂の目の前で、あろう事か自分に向かってきている炎から視線を外して、神楽坂に視線を合わせ、炎が着弾。


 着弾したと同時に炎が消えるのではなく笹良自身に吸い込まれ、今度は笹良の手に炎が宿る。


「いい炎をありがとうな」


 口元をつり上げて向かってくる神楽坂に拳を向ける。

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