第4章 影

よろしく

 転がりついた姿勢のまま刀を突きつけられ、多少苦しい体勢ながらも姿勢を変える隙など全くない。


「答えろ! お前はどちら側の双つ影だ!

 その答えによっては命の保証はない。もちろん、偽りの回答だと判っても命は無い」


「オレは……」


 続こうとする笹良の言葉を遮り、風を斬って劇場入り口から伸びてきたムチが、秋月の刀にまとわりついた。そのまま彼女の手から刀を離そうとしたが引き返され、どちらもそれ以上引こうとしない均衡状態になった。


「話によっては風、お前でも容赦はしないよ」


「そっちこそ、なんの事情も知ろうとせずにいきなりなんじゃないのかな?

 よくよく考えてみたら判る事もあるでしょ」


「なにがだ。この男は自分が双つ影である事を黙っていたんだぞ。それだけでどんな理由があろうともなにか腹に隠し持っていると考えるべきだろう」


 刀に絡まったムチを引き寄せる。


「じゃあ質問。そこまで用心深いアナタが、どうして今まで笹良が双つ影だって事に気がつかなかったの? ううん、アナタだけじゃないよね。あたしたちだって今の今までそうだとは気付かなかった」


「それは」


 眉間に小さなしわを寄せて、風に引かれるまま引いていたムチが戻される。


「それに、力だったらいくらでも隠せるけれども、双つ影である証拠。影はどんなことをしても隠せないんじゃないのかな? 光があればそこに影がくっきりと二つできる、今まで笹良にそんな影はあったのかな」


 言われて考え込む秋月。初めて会ったあの通路、そしてここにつれて来るまで。先日日中にまた助けたときの事。双つ影であれば、会う人間の影は気になってしまうもの。

 初めて出会ったあの通路、この劇場までつれてきて、そして再度助けたとき。どれを思い返してもその時笹良の体から出ていた影は、どれも1つきりだった。


「ぁ……」


 記憶違いはない。もし影が二つあったのなら、そもそも最初に出会ったときに助けに入ったりはしなかっただろう。つれてくる事もなかっただろう。再度助ける事もなかっただろう。

 ムチを引いていた力が抜け、刀が消えてから待っていたムチが風の手元に戻る。

 おそるおそる振り返り


「すまない。私はとんでもない事をしてしまった……みたいだ」


 ようやく動いても命を落とすような事が無くなり立ち上がる笹良。だがそれまで妙な格好のままだったので体の節々が軽く悲鳴を上げていた。


「まさかお前が双つ影になっただなんて、驚いたからついあんな事を……。

 すまない」


 元々怒るつもりなんて無かった笹良だが、今にも泣きそうな顔して見上げられればそんな気持ちがあったとしても吹き飛ばされていた事だろう。逆に謝られた笹良の方がばつ悪そうに頭をかいて


「いや、いいよ。混乱しているのはオレも同じだ。しかし、これでどこまでが夢だったのかそうでないのか、ますます判らないな」


「ん? 夢?」


「あぁ、気を失っている間、ずっと1つの夢を見ていたんだ。とても夢だとは思えないぐらいにリアルな夢だったけどな」


 首を傾げて訊ねてきた秋月の顔から泣き出しそうなそれが消えた事をほっとして、夢で起こった総てを話す。話している途中になにか気付いたのか、風が近づいてきて、話し終わると


「それは、双つ影に幻を見せられていたのかもしれないねぇ」


「双つ影に? そんな事もできるのか?」


 うんと頷いて


「あたしたちが言っちゃうのもなんだけどさ、双つ影ってのはなんでもアリだから。ホラ、世界なんてのはいくつも無数に存在するわけで、その中には魂に深く夢関係のなんかを刻んでいる魂もあるんじゃないのかな?」


「そう言うものなのか?」


「そだね。ってことはアレだ、あたしたちよりも先に向こう側が、笹良が双つ影だって事に気がついていたんだね」


「なるほど。それであんな胸くそ悪い幻見せられて、仲間に引き入れようとしたわけだな」


 思い出すだけで胸を痛め哀しみが増し、そして幻であった事にほっとさせる。


「……よかった」


「ん?」


 不意に耳に入ってきた秋月の言葉に聞き返してみたいが少女と視線が合い、真っ赤にされた顔を反らされて問いかける間が無くなってしまった。

 そんな2人の様子を意味ありげな笑みで見ていた風は、ニヤニヤと笑みを浮かべながら笹良に手を差し出して


「じゃあ、改めてヨロシクかな?」


 差し出された手の意味をはかりかねている笹良。


「えっと」


「だから、改めてヨロシク。

 今までは1人の記者としてだったけど、これからは同じ双つ影。笹良は今まで通り記者として取材していてもいいけど、いざってときは頼りにしちゃうかもしれないよ? その覚悟はあるのかな?」


 差し出された手の意味を知り、悩むことなく握り返す。


「構わないよ。折角手に入れたこの力、いざって時に使わないで一体いつ使うって言うんだよ」


「うんうん、その通りその通り」


 握手した腕を引き寄せようとして、間に割り込むように鞘に入ったままの刀が突きつけられる。


「よろしくだ」


 先ほど顔を赤く染めていた秋月は、やはり今も頬が赤く染まっている。

 握手していた2人は揃って鞘から少女へと視線を移していて


「よろしくだ!」


 今度は言葉に力を込められて、さらに強く鞘が突きつけられる。


「……あぁ」


 鞘が突きつけられた理由に風が気付き、やれやれと言った表情でため息つく。握手していた手を離して言葉を込めた視線を笹良に送る。しかし笹良、視線には気付いたが含められていた言葉の意味には気付かずに、あろう事か突きつけられた鞘を握る。


「よ、よろしくな」


 期待していた行動とは違った反応にしかし秋月はうつむいて


「……よろしく」


 としか言えない。こんなんじゃダメだ。もっとちゃんとしないと! 強く心にそう決めて顔を上げると


「笹良には早速過ぎてなんだけど、どうやらここにせめてこようとしているのがいるみたい」


 決心した秋月の言葉よりも先に風が話を切りだした。


「敵! ……ってことなのか?」


 表情をこわばらせる。話す相手のソレもそれまでとは違ってひきしまっていて


「敵ね。ピンポイントでここを狙ってくるって事は、あの男の下についた双つ影でしょうね」


「じゃ、じゃあ応戦するのか? オレが行くか?」


 誰の返答も待たずに出ていこうとした笹良を腕をつかんで止める少女の姿。


「落ち着け笹良。落ち着かないと即死に繋がるぞ」


「いやしかし! 敵がせめてきているんだろ?そんなときに落ち着いていられるか普通!」


 つかんで止めた少女の腕を振り払おうとして振り払えず、振り返って目を合わせて、


「まずは見ろ。闘いを見ろ。今まで通りだ。お前はこの闘いを見ていればいいんだ。ただがむしゃらに突っ込んでいって、それで今まで記事が書けたか?」


 腕が離されるが、その場に立ちつくす。


「まずはその力に、闘いに慣れる事だ。ただ突っ込んでいっただけじゃ慣れる前に命を落とす事になる。私は仲間を失いたくはない。判ったか?」


「……あ、あぁ、判った。ごめんなんかオレ……はしゃいでいたな」


「恥じる事はない。誰だっていきなり人とは違う力を手に入れたら、はしゃぎたくもなる。普通はこんな力を手にいれたら怖がるはずなのに、私だってはしゃいでしまったぞ」


 表情を和らげた秋月の言葉に、それを聞いてつい吹いてしまう。すると彼女は目元を鋭くして


「笑ったな? いま私を笑っただろう」


 腰に手を当てて不満そうに


「自分だって今そうだったのに笑ったな」


 ずずいと笹良に詰め寄って、人差し指を鼻すれすれまで突きつける。


「いや、その、なんだ。ごめん。笑ってすまなかった」


 押しに押されて出てきた謝罪の言葉を聞いて満足そうに胸を張って


「うん、それでいい。私はキミよりは年下かもしれないが、双つ影としては先輩だ。これからはこの私がキミに戦い方を教えるから、そのつもりでいてくれ」


 刀を胸の前で横に構えて


「それで、キミの力を聞いていなかったが、どんな力なんだ? 相手が夢を使ってまで手に入れようとしていたって事は、相当強いんだろうな?」


「強い……んだろうな? なんにせよ闘う相手の強さによって変わるんだろうが」


「妙なことを言うな。それはどういう意味なんだ?」


「っと、ちょっと待ったお二人さん」


 言葉を挟んで睨みつけてきた秋月を手で制して


「仲を深めるのは大いに結構なんだけど、ちょっと今はゆっくり話していられないかも? 相手さん結構近づいているみたいだし」


 さすがにそんな報告を聞いてから、会話を止められた事を問いつめられない。左手で鞘を持って刀に手をかけ、直後。地下の劇場に響く爆音と振動。地上からの階段を転がるように下りてくる羽山の姿。


「もうちょっと耐えられなかったわけ?」


「ちょ! 無理言うな!5人攻めてきて応戦したのが俺1人だぞ! 一気に攻められなかっただけよしと思え!」


 文句を込めた反論を口にしている間も、手にしたガレキを地上に向けて投げ飛ばしている。コンクリートの固まりを同じコンクリートにめり込ませるほどの威力だが。


「う~ん、5人か。これは結構本格的に潰しに来たんじゃないのかな? こっちは笹良を会わせて6人。って言っても、まだまだ一人前とは認められないっぽいから、数は互角だね」

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