起床

 悲鳴に近い言葉にみんな自分の影を見て驚愕する。ある者は銃を抜いて別の隊員に突きつける。ある者は。


 隊員だったモノは虚空を見つめていた視線を下ろし、黒目の無い瞳を1人の別の隊員に向けて歩を進め、逃げる間を与えずに首をつかんで人1人を持ち上げて、まるで重みなど感じないように右に左にと回して天に放り投げる。


 高度は5メートルほどだろうか。背中から地面に落下して肺中の空気を吐き出して気を失ったか衝撃で死んだか立ち上がってこない。次の獲物を求めてソレが振り返る。目があった警察官が恐怖のあまり銃の引き金を引いてしまう。銃弾がソレの肩に当たるが微動だにしない。しかし次の目標を決まった。ソレが動き出す。さらなる恐怖で弾が切れるまで引き金を引き続け、他の者たちも同じように元々行動を共にしていた隊員に発砲し続ける。一体いくつ体に銃弾を埋め込んだのだろうか。ほとんどの者が弾を打ち切らした頃にようやくソレが倒れる。ほっとしたのも束の間。他の双つ影が立てこもっていた建物から悲鳴が上がり、振り返ってみれば建物に突入していた実に半分ほどが先ほどまでの自衛隊隊員同様に正気を失って人を襲っているではないか。なんとか建物から逃げ出した者は、任務も武器も捨てて我先にと逃げている。


「立てるか、笹良慎二くん」


 体を押さえつけていた警察官も同じように逃げ出し、あぐらをかいて地面に座っていた笹良に伸ばされる男性の腕。差し出された腕を、差し出した人物を見上げ


「アンタが……閻魔か」


 差し出された腕を無視して立ち上がる。


「お前が総ての元凶。こんな奴らを生み出して、こんな争いを生み出して……その結果! 柚依ちゃんは……!」


「――それはすまないと思っている。しかしこの悲劇は受け入れるどころか拒否をした人の側にあるのではないか? 私たちも人だ。同じ人がどうしてここまで争わなくてはならない」


「アンタがこんな事をしなければ、元から無かったはずの争いだろうが!」


 詰め寄る笹良を手で制し


「これは進化だ。人に進化はつきものだ。

 きっかけはどうであれ、人はこれからこの進化を受け入れなくてはならない。そうでないとキミのように哀しむ人間がこれからも増える事だろう。キミもまた、このような哀しい思いを増やしたくはないだろう? あの地に、知り合いもいたのだろう?」


 閻魔の言葉に頭に浮かぶ少女の姿。しかし彼女もまた、あの炎の中で消えた。


「生きているぞ。いま頭に思い浮かべているであろう人物は」


「――ッ!」


 閻魔を睨みつける。その視線に期待が込められている事を見つけ、閻魔は口元をほころばせる。


「これからさらに仲間は増える事だろう。その時までに統率する者が仲間を総てまとめ上げなくてはならない。私はできない身でな、その役を笹良慎二くん、是非キミに任せたい」


「オレが……?」


「あぁ、キミ自身はまだ気がついていないかもしれないが、すでにキミは双つ影として覚醒し始めている。

 炎に包まれたとき、キミはどうして生き残れたと思うかね? どうやらキミは力を無効化できるようだ。双つ影として圧倒的な力を持ったものが頂点に立てば、誰も逆らうことなく統率されるだろう」


「オレが……すでに双つ影?」


 頭を抱え、怯えた表情で足元に目をやる。影は二つあった。


「あぁ……あッ――」


 絶叫が響き渡る。

 頭を抱え込んだまま地面にヒザを突き、ノドが張り裂けんばかりに声を張る。もう一つの魂が彼の精神を侵し始め、気を抜けば総てが真っ白になってしまう感覚に襲われる。

 もう一つの魂の記憶が強制的に頭に入り込んで――、絶叫が止まった。頭を抱えていた手を離し、見開いた目からは涙がこぼれ落ちる。


「……そうか。そう、なのか」


 それは意志を持って発せられた言葉。


 それを閻魔は拍手を持って迎える。


「おめでとう。これでキミもわたしたちの仲間だ。さぁ、共に新世界を築こうじゃないか」


 差し出された手を、はねのけた。


「どういうことだ?」


「違うだろ」


 涙を垂れ流したまま立ち上がり


「違うだろ? なにもかも違うだろ?」


「一体なにが違うというのだね?」


「お前がだ。この世界がだ。オレの……いま見ている総てがだ」


 閻魔の表情の変化が止まる。


「これは一種の夢だな。見ている者にとっては現実としか認識できないリアルな夢。これはお前の双つ影としての力なのか?」

 

 閻魔の表情が凍りつく。


「バ、バカな! 私の、俺のこの力が見破られるはずが!」


 閻魔の声が外見には似合わない高い男性の声に変わる。


「お、お前の力は無効化だとあの人が言っていた! ただ無効化するだけなら力のことはなにも判らないはずだ!」

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