信じたくはない真実
落ちていったタバコに視線を取られ視線を戻してみたとき笹良兄は、涙を流していた。隠す事もぬぐう事もしないで、笹良兄は泣いていた。
「……信じられるか慎二。あの爆発を、事務所を半壊させた爆発を起こしたのは柚依だ」
「なにをふざけた事を」
ふざけた事なんて言っていない。笹良は自らが口にした事を自らが心の中で否定した。
「慎二、お前が新宿の中で出会った双つ影だったか。その双つ影ってのは……影が二つできるからそんな呼ばれ方をするんだったよな」
「……そうだけど……! 兄さん!」
兄が言おうとしている事が判ってしまい声を張る。
「爆発の瞬間をオレはこの辺りからに見ていたんだ。爆発が治まってから、顔を青白くした柚依が出てきたんだ。全身を震わせてなにも信じたくないように顔を振って、オレがいたのも気付かなかったんだろうな。
今まで見た事もないぐらいに恐怖に怯えた表情でオレの横を走り抜けていったんだ。その時、見てしまったんだよ。太陽の方角に伸びていた影をな」
「それは見間違えじゃないのか」
「それだったらどれだけいいだろうな……」
もう一本取り出したタバコが、やはり指が震えて地面に落ちる。
「オレはこれから警察の事情聴取があるからここを動けん。慎二……頼む。アイツを……柚依を探してきてくれないか。あんな表情のアイツを放ってはおけないんだよ」
「……判った。探してくる。だから兄さんも気を落ち着けてくれよ。今にも倒れそうな不安そうな顔していちゃ、兄さんどころかそれを見た叶依さんにも倒れられそうだから」
頷く兄を見てから、柚依が走り去っていった方角を同じように走り出す。
彼女が通っている学校、そこまでの通学路の喫茶店やファミレス、公園など考えられる限りを走りつくしたが、結局その日に柚依を見つける事はできなかった。
次の日。笹良叶依はやはり爆発の際の振動で背中を打っていたらしく、本人は大丈夫だといっているが笹良兄の強い要望で入院していた。仮の住まいで慣れない手つきで朝食を作り、未だ柚依が見つからない事に絶望しきっている兄の前に料理を並べる。警察は今回の爆発事件を不審火と見ていて、柚依の行方不明に関しては何らかの事件に関わっている可能性アリと行方を捜し始めていた。警察が動いてくれたのならすぐに見つかるだろうと落ち込む兄に言葉をかけて、少し焦げたパンにかぶりついた。
さらに次の日。事態は急転した。全国九つの都道府県で原因不明の爆発、あるいは殺傷事件が起こった。テレビではその内の6つの事件で現場から逃げ去った人物が本来の影とは別に明らかにおかしい方向に伸びた影があったという証言から、事件のつながりを討論し合っていた。新聞に書かれた報道の内容を穴が開くまで見つめ、笹良は不安をぬぐえない。それは、新宿の中だけだとばかり思っていた。新宿が封鎖された今、もう自分には関係ない事だと思っていた。それなのに。
次の日。さらに増えた謎の事件に政府が会見する。それは新宿から発症した病原菌の一種で、人によって感染する人とまったくしない人がいる。発症した人間はおかしな力を得る事もあるが、ただ暴れるだけの理性をなくした凶暴な人間になってしまう。
明らかに歪められた真実に、しかし発言力もない笹良にはどうする事もなかった。
さらに次の日。政府の発表に日本全国で影が二つできているものをいぶり出す事件が多数起こった。明らかに影の二つできている人は即座に拘束されるようになった。柚依にさえ、今は拘束目的で行方が捜されていた。
日本は確実に混乱へと走り出していた。友人家族でさえ影が二つ無いかと疑心暗鬼となり始め、そうだと判った人に安息はもう訪れない。
安息を求め、彼ら彼女たちはその発症源と発表された新宿へと集まる。
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