第13話

俺は年休を取って自宅に飛んで帰った。


「若葉ぁ、お兄ちゃんが来たからもう大丈夫だぞ」


息を切らして居間の戸を開けた俺は、金縛りにあったように立ち尽くした。


若葉はオールピンクになっていた。

ピンク色のローションを全身に塗りたくったみたいな。


にゅるにゅるで。

ぶりゅぶりゅで。

てらてらで。

じゅくじゅくで。


粘液は毛穴から滲み出してくるから、俺が見ている間にも、ぽと、ぽと、と顎や指先から糸を引いて床に落ちてゆく。


「出たなぁ、粘膜人間! 俺の妹をどこにやった! ……ってかわいい妹の若葉じゃないか! あははっ。おにぃちゃん勘違いしちゃったよぉ」

 

和ませようと軽口を叩くと、若葉の目に涙(これもピンク)がじゅるんっとにじんだ。


「うう……やっぱあたし人間に見えないよね……気持ち悪いよね……」


あわれっぽく泣き出した。

やばい。地雷を踏んでしまった。


「き、気持ち悪くなんかないぞぉ! むしろイケてる! 青紫色とかねずみ色とかじゃなくてほんと良かったなぁ! ラベンダーウミウシっぽくてキュンキュンする! あのな、おにぃちゃんは実はウミウシ好きでな、ほら、待ち受けの写真にもしてるんだぞ! ビーチクちゃんって名前をつけてるんだけど……いや、ビーチクっておかしな意味じゃなくてたまたま……」


スマホを見せるけど、若葉は両手で顔を覆っていやいやと首を振る。


「……おにぃ、あたしどーなるの? 死んじゃうの?」


「だ、だいじょうぶだ。俺を信じろ!」


落ち着かそうと若葉の肩に手を置いた。その瞬間、


「ぷぎぃ!」


肛門に棒を突っ込まれたブタみたいな声が出ちまった。

何だこりゃーーーーー!

シャツまで生温かい粘液でベショベショだ。皮膚に触れると指が少しのめりこむ。数ミリの粘液に肌がくまなく覆われているのだ。


まさに粘膜人間、モモ太の誕生だ!


「や、やっぱきもちわるいんでしょ?」


若葉がおどおどと顔を上げ、唇をふるわせる。

う、うん、びっくりしたよ。しかし気持ち悪いとは思わない。

それに、この感触には覚えがある。


「マットヘルスでこーゆうサービスするところあったよなぁ」


「まっとへるす?」


若葉が首をかしげる。おっと、うっかり口が滑ってしまった。

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