番外編(6)
「初めて…人を好きになったのかもしれない」
足元を見ながら彼が言った。両眼は前髪で隠されていた。
「かもしれない?」
アレックスは語尾を上げ気味に繰り返した。
安堵のような、何とも言えない表情でバーンを見ていた。
さらにバーンは言葉を続けた。
「まだ、本当に好きかどうかは……」
「わからない、か」
「………」
自分が言いたかったことを言い当てられてまた閉口してしまった。
他人を遠ざけるようになって久しいバーンが、自分以外の人間に興味を持ったことをアレックスは喜んでいた。
きっと初めて生まれたこの感情を理解できずにいるのだと思っていた。
「また、拒絶されるのが怖いのか?」
「ちがう…」
「何かの拍子に『力』が発動して、自分から離れていってしまうんじゃないかと思っているのか?」
「ちがうっ……」
さっきよりも大きい声で、バーンは否定した。
「じゃあ何だ?」
アレックスの声も大きくなった。
「…………」
「何を怖がってる?」
わかってはいたが、あえて確認した。
気づいているのに、気づきたくないと思っている。
わかっているのに、わかりたくないと思っている。
逃げたくなるような気持ちを抑えながら、バーンは自分に話していると思った。
「…………」
「認めちまえよ。いい加減」
「でも…」
「それが怖がってるつうんだよ」
「…で……も…」
ヒザに置かれ、握りしめられた手が震えていた。
アレックスは背もたれに体重をかけながら、少し前のめりになって話していた。
そんな弟の様子を落ち着かせたかった。
「俺は信じてねぇ。お前は悪くない。何ひとつ悪くない。」
アレックスは断言した。
本心だった。
そう信じていた。
しかし、何もしていないのに、弟がその『事実』に苦しんでいる。
まことしやかに囁かれる噂に苦しめられている。
そのことで自分を責めている。
「でも、何人も死んでるんだ。俺のせいで…」
「自分のせいにすんなよ。お前の周りで起こっているこたぁ、単なる偶然の産物だ」
「…………」
バーンは両親のことを思いだしていた。
飛行機事故で亡くなった父と母のことを。
あの時も兄にそう言われた。
「父さんや…………母さんだって …………」
「思い込みだって言ってるだろーが。何度、言やぁわかるんだよ!」
さすがのアレックスも声を荒げた。
「兄さん……」
バーンはようやく顔を上げて、兄の顔を見た。
何かにすがるような表情で見つめていた。
「その証拠に俺は死んでないだろ?こんなにお前の近くにいる俺が死なないのはなぜだ?」
そんな弟の心をわかっているように、くわえ煙草のまま自信満々ににんまりした。
「…………」
バーンはその一言を聞いて、再び眼を伏せて黙り込んだ。
「だろ?」
そう言われてもバーンはうなずけなかった。
アレックスはダイニングから手に握ってきた灰皿で煙草の火を消した。
「俺を信じろって。嘘なんか言ってねぇって」
灰皿を勉強机の上に置くと、またバーンに話しかけはじめた。
「彼女、『右眼』のことも知ってるんだろう?」
バーンはこくっと、うなずいた。
「承知の上…」
「それでもお前のそばにいようとしてるんだろ?」
「…………」
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