第2話 出会い(1)
主よ、私をあなたの平和の道具としてお使いください。
憎しみがあるところには、愛を、
傷があるところには、許しを、
疑いあるところには、信頼を、
絶望あるところには、希望を、
闇あるところには、光を、
そして、悲しみあるところには、喜びを蒔かせてください。
おお、聖なる主よ、
私が慰められるよりは、慰めることを、
理解されるよりは、理解することを、
そして、愛されるよりは、愛することを求めますように。
なぜなら、与える時にこそ、真に受け取ることができるのですから。
許すときにこそ、真に許されるのですから。
死ぬときにこそ、真に永遠の生命に生まれ変われるのですから。
「無垢の祈り」 アッジシ 聖フランシス
(さて、どうしたもんかな)
ある高校の前に男はいた。道路を一本挟んだところにあるベンチに座り、ゲートの向こうにある校舎を見ていた。授業も終わり、みな三々五々と出てくる。
友達とおしゃべりをしながら歩くもの、急いで走ってバイトに向かうものと様々である。
この場所で人間観察をしてどれくらい時間が経ったかわからない。が、会いたい人物はまだ彼の前には現れなかった。
次第に夕闇が迫ってきた。黒い光沢のあるコートに、黒いレイバンのサングラスをかけた金髪の男は考えていた。足を組み、口には煙草がくわえられ、すこぶる人相が悪い。右腕をベンチの背もたれに置き、少し体を斜めにして座っていた。
(どんな顔してあいつに会うかな。来てみたはいいが1年は長い…よな。二つ返事でOKしたものの、おもしろい取材ではあるんだが。あいつのことだ、きっと。だからって、説明しねえ訳にもいかねえし。俺まであいつの前から消えちまったら。あーあ)
支離滅裂な思考が頭を駆けめぐる。
イライラしながら、その度合いを現すかのように煙草が短くなっていく。高校から視線を移して、街路樹一本一本を遠くへと見ていく。坂が続くその向こうには海が霞んで見えた。
自分が生まれ育った街ではあるが、
太陽が赤く染め上げていく空がとても広く感じられる。彼は、短くなった煙草の火を消し、また新しいのに火をつけた。ふうっと、はき出しながら、それを口元から右手に持ちかえた。
と、ゲートのところで甲高い声がした。見ると一組の男女が言い争いをしていた。いや、言い争いではない。彼女の方が一方的にくってかかっている。
彼の方は、何も言わずそっぽを向いたような状態だった。
(バーン、)
表情は変わらないが、それをサングラス越しに見ながら、彼は懐かしそうに見つめていた。
(元気そうではある、が。あーあ、ったくどうしてこうあいつは!!)
彼女から逃げるようにバーンは小走りにゲートから走り去った。ベンチに座って一部始終を見ていた「彼」には気づきもせずに。彼女はそんな彼の後ろ姿を不安そうに見送っていた。
(あいつのまわりに女がまとわりつくなんて初めてじゃないか。
ふ~ん。おーお、相当気が強そう。あいつに気があるのか?それとも、ただのおせっかいか?あいつの『噂』を知っててやっているのかね?
どっちにしてもおもしろい展開になってきやがった。)
やがて彼女も気を取り直して、自転車を押しながらゲートをくぐって出てきた。落ち込んでいるのか足取りも重いように感じられた。彼もベンチから立ち上がり、彼女の後を追った。
ゆるいカーブを描きながら高校の敷地を区切る壁。
その角に辿り着こうとしたとき、その自転車の前に一台の車がふらりと立ち塞がった。彼女は自転車を盾にするように止め、その車に乗る男たちをギッと睨んだ。中には4人の男が乗っていた。チャラチャラと鳴る重そうなネックレスをつけ、ビールを飲んでいる。
「よう、ラティ。ふられたんだろ?」
中からにやにやしながら男たちが声をかけてきた。ドアが乱暴に開けられ、3人の男が降りてきた。
「乗ってけよ。送ってやるからさ」
彼女を取り囲むようにして、男たちは一歩一歩と近づいてきた。
「そうそう、あんな化けモンにご執心とはもったいないねえ」
「こんないい女がよ」
「気安く話しかけないでくれる? コークやってるような奴らにだれが」
毅然とした態度で彼女は言い放った。ここはゲートから死角になるとはいっても近い。悲鳴を上げれば警備員が飛んでくるはず。ラシスは慎重に男たちの位置を見た。
「これだから。我がクラスのリーダーは頭が堅い」
「堅いのは頭だけだろ? へへ」
目の焦点が合っていない。あきらかにドラッグをやって飛んでいる目だ、と彼女は確信した。
「それに彼のこと化け物だなんて言わないでよ。彼が何したっていうのよ」
隙をうかがうように、左右に視線を泳がせた。
「あいつがいただけで何人、人が死んだか知ってるか?」
「あんな女みたいな顔して、のうのうと生きてやがる」
「何もしてねえから、化けモンだろ?」
「私は!」
男の一人が自転車に手を掛けて、彼女からもぎ取った。大きな音をたてて、自転車は車の方へと飛ばされた。
ラシスもじりじり後退する。だが今、背中を見せれば、そのまま車の中に引きずり込まれてしまうだろう。
「そうそう、こないだのカリの件は覚えているよな?」
「カリ? あんな恩着せがましい嫌がらせ。カリだなんて思ってないわ」
怯むことなく、彼女の口調は変わらなかった。
「どうあってもイヤだとよ!」
「人生楽しまなくちゃ。お楽しみはこれからさ」
ドン。
彼女の背中が誰かに当たった。人がいる気配はしなかった。
(しまった!後ろ!?)
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