第2話 出会い(1)

主よ、私をあなたの平和の道具としてお使いください。

憎しみがあるところには、愛を、

傷があるところには、許しを、

疑いあるところには、信頼を、

絶望あるところには、希望を、

闇あるところには、光を、

そして、悲しみあるところには、喜びを蒔かせてください。

おお、聖なる主よ、

私が慰められるよりは、慰めることを、

理解されるよりは、理解することを、

そして、愛されるよりは、愛することを求めますように。

なぜなら、与える時にこそ、真に受け取ることができるのですから。

許すときにこそ、真に許されるのですから。

死ぬときにこそ、真に永遠の生命に生まれ変われるのですから。


                「無垢の祈り」 アッジシ 聖フランシス




(さて、どうしたもんかな)

ある高校の前に男はいた。道路を一本挟んだところにあるベンチに座り、ゲートの向こうにある校舎を見ていた。授業も終わり、みな三々五々と出てくる。

友達とおしゃべりをしながら歩くもの、急いで走ってバイトに向かうものと様々である。


この場所で人間観察をしてどれくらい時間が経ったかわからない。が、会いたい人物はまだ彼の前には現れなかった。

次第に夕闇が迫ってきた。黒い光沢のあるコートに、黒いレイバンのサングラスをかけた金髪の男は考えていた。足を組み、口には煙草がくわえられ、すこぶる人相が悪い。右腕をベンチの背もたれに置き、少し体を斜めにして座っていた。

(どんな顔してあいつに会うかな。来てみたはいいが1年は長い…よな。二つ返事でOKしたものの、おもしろい取材ではあるんだが。あいつのことだ、きっと。だからって、説明しねえ訳にもいかねえし。俺まであいつの前から消えちまったら。あーあ)

支離滅裂な思考が頭を駆けめぐる。

イライラしながら、その度合いを現すかのように煙草が短くなっていく。高校から視線を移して、街路樹一本一本を遠くへと見ていく。坂が続くその向こうには海が霞んで見えた。


自分が生まれ育った街ではあるが、現在いま住んでいるNYニューヨークの摩天楼に慣れきってしまうとSFサンフランシスコは景色が横長で落ち着かなかった。

太陽が赤く染め上げていく空がとても広く感じられる。彼は、短くなった煙草の火を消し、また新しいのに火をつけた。ふうっと、はき出しながら、それを口元から右手に持ちかえた。

と、ゲートのところで甲高い声がした。見ると一組の男女が言い争いをしていた。いや、言い争いではない。彼女の方が一方的にくってかかっている。

彼の方は、何も言わずそっぽを向いたような状態だった。

(バーン、)

表情は変わらないが、それをサングラス越しに見ながら、彼は懐かしそうに見つめていた。

(元気そうではある、が。あーあ、ったくどうしてこうあいつは!!)

彼女から逃げるようにバーンは小走りにゲートから走り去った。ベンチに座って一部始終を見ていた「彼」には気づきもせずに。彼女はそんな彼の後ろ姿を不安そうに見送っていた。

(あいつのまわりに女がまとわりつくなんて初めてじゃないか。

ふ~ん。おーお、相当気が強そう。あいつに気があるのか?それとも、ただのおせっかいか?あいつの『噂』を知っててやっているのかね?

どっちにしてもおもしろい展開になってきやがった。)

やがて彼女も気を取り直して、自転車を押しながらゲートをくぐって出てきた。落ち込んでいるのか足取りも重いように感じられた。彼もベンチから立ち上がり、彼女の後を追った。


ゆるいカーブを描きながら高校の敷地を区切る壁。

その角に辿り着こうとしたとき、その自転車の前に一台の車がふらりと立ち塞がった。彼女は自転車を盾にするように止め、その車に乗る男たちをギッと睨んだ。中には4人の男が乗っていた。チャラチャラと鳴る重そうなネックレスをつけ、ビールを飲んでいる。

「よう、ラティ。ふられたんだろ?」

中からにやにやしながら男たちが声をかけてきた。ドアが乱暴に開けられ、3人の男が降りてきた。

「乗ってけよ。送ってやるからさ」

彼女を取り囲むようにして、男たちは一歩一歩と近づいてきた。

「そうそう、あんな化けモンにご執心とはもったいないねえ」

「こんないい女がよ」

「気安く話しかけないでくれる? コークやってるような奴らにだれが」

毅然とした態度で彼女は言い放った。ここはゲートから死角になるとはいっても近い。悲鳴を上げれば警備員が飛んでくるはず。ラシスは慎重に男たちの位置を見た。

「これだから。我がクラスのリーダーは頭が堅い」

「堅いのは頭だけだろ? へへ」

目の焦点が合っていない。あきらかにドラッグをやって飛んでいる目だ、と彼女は確信した。

「それに彼のこと化け物だなんて言わないでよ。彼が何したっていうのよ」

隙をうかがうように、左右に視線を泳がせた。

「あいつがいただけで何人、人が死んだか知ってるか?」

「あんな女みたいな顔して、のうのうと生きてやがる」

「何もしてねえから、化けモンだろ?」

「私は!」

男の一人が自転車に手を掛けて、彼女からもぎ取った。大きな音をたてて、自転車は車の方へと飛ばされた。

ラシスもじりじり後退する。だが今、背中を見せれば、そのまま車の中に引きずり込まれてしまうだろう。

「そうそう、こないだのカリの件は覚えているよな?」

「カリ? あんな恩着せがましい嫌がらせ。カリだなんて思ってないわ」

怯むことなく、彼女の口調は変わらなかった。

「どうあってもイヤだとよ!」

「人生楽しまなくちゃ。お楽しみはこれからさ」

ドン。

彼女の背中が誰かに当たった。人がいる気配はしなかった。

(しまった!後ろ!?)

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