第113話 ブルー(3)

ああ、そうだ・・



夏希は手で涙を拭きながら思った。



「お父さん・・」



つぶやいた言葉に



「え?」



斯波は不思議そうな顔をした。



「・・なんか。 お父さんみたいで・・」



「はあ?」




意外なことを口にされ


斯波は目を丸くした。




あったかくて


全部が安心できて


怒ると怖いけど


自分から目を逸らさないでいてくれる安心感。



夏希は斯波の存在を今さらながら確認した。



「・・おれがおまえのお父さんかよ!」



斯波は思わずつっこんだ。



「え・・だって! ほんっと。 そーゆー感じで。 ウチのお父さんとは全然違いますけど。 あんましゃべらなくていつも見守っててくれるとことか・・ちょっと似てるかもって、」



丸くなった目がテンになりそうだった。



それは話を聞いている高宮と萌香も同じだった。



でた・・



『お父さんみたい』



攻撃!



彼女といて


なんとなくわかっていたけど。



この子は


かなりの


『ファザコン』だ・・・




高宮は思った。




そして、萌香の腕を取って、そのまま彼女とエレベーターに乗り込んで下に行ってしまった。



「高宮さん、」


萌香は心配そうに彼を見た。



「わかってたけど。 彼女がここを離れたくないって思ってることは、」


彼はボソっと言った。



「離れたくないとかじゃなくて。 もちろん高宮さんと一緒に暮らしたいって思ってるわよ、」


萌香は彼を励ますように言った。



二人はエントランスに出た。



「加瀬さんが無意識にお父さんのような人を求めてるの、確かかもしれないけど。 清四郎さんの存在は彼女にとって特別なのかもしれないし、」



萌香の言葉に


「え・・」



少し驚いて彼女を見た。



「清四郎さんだって、ああは言ってても。 加瀬さんのことを心配でしょうがなくて。 あなたとのことだって、あんな風にご両親に会うときについていくとか言い出すし。 彼、家族とかの縁が薄くて。 兄弟もいないし。 今まであんまり加瀬さんのような存在の女の子に出会って来なかったと思うの。 心配でしょうがなくて、かわいく思える存在って言うか。 別に疚しい気持ちとかじゃないし・・あたしはなんとも思わないけど、」


萌香はふっと笑った。



うつむく高宮に



「でも。 誤解しないであげて。 あなたと一緒になろうと思った加瀬さんの気持ちは、確かやし。 ただ、普通の子よりも大人になるのに時間がかかる子やから。 今は、やっぱり結婚を目前にして心が揺れているんやないかって思う。 ・・あの子にはあなたがいれば大丈夫なのよ、」


萌香はニッコリ微笑んだ。



「栗栖さん・・」



高宮は彼女の言葉に


少しだけ救われた。





その後


もう一度、彼女のところに向かった。



「あ、ごめんね・・ゴハンとかないんだけど、」


夏希はちょっと赤くなった目で普通の様子で迎えてくれた。



「飯は・・いいよ。」


奥から走ってきたあんこをひょいっと抱き上げて、




「ちょっと夏希の顔を見に来ただけだから、」


と、ニッコリ笑った。



「今日、大阪から帰ってきたばっかなんでしょ? 疲れてるし~、」


夏希は高宮の鞄を奪い取るようにした。



「・・疲れてても。 もう一人の所に帰るのが億劫なんだ、」



高宮はあんこを抱っこしながらソファに座った。



隆ちゃん・・



夏希は今の今まで


自分がウジウジ悩んでいたことが


ものすごくイケナイことのように気がして


うつむいた。

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