第114話 巣立ち(1)

そのころ。



萌香が帰宅したあとも


斯波はやっぱりぼんやりしていた。



その理由がわかっている彼女は何も言わずに食事の支度を始めた。



「・・萌、」



ぼーっとしながら斯波が声をかけた。



「え?」



振り向くと、



「加瀬の引越しの手伝い。 手が空いている時にでも手伝ってやってくれないか。」



肘をついて視線もどこにあるかわからないような彼がいた。



「清四郎さん、」



萌香は手を洗ってから、手を拭きながら彼に歩み寄る。



「ほんと。 もう25も過ぎて。 ぜんっぜんしっかりしてねーんだから。」



言葉とはうらはらに


何だか寂しそうだった。




夏希は


優しく言葉をかけてくれる高宮の背中を見て


堪えきれずに



「・・・・・」



黙ってその後ろから抱きつくように縋りついた。


「・・夏希?」



「隆ちゃん、ごめんね・・」



また泣き出した。



「おれは。 夏希の気持ちを全部受け止めてやれるほど・・人間、できてないかもしれないけど。 ずっと、夏希を好きでいられるって気持ちは変わってない。」



高宮はポツリポツリと言った。



「ほんとはね。 夏希の気持ちの全部、自分に向けて欲しいって思ったりもする。 でも。 きみに無理もさせたくない。 夏希が夏希らしくいられるように・・。していたい。」



それは本当の気持ちだった。



さっきようやく止まった涙が


またも


とめどなく溢れてきた。



あんこがするんと高宮の手をすり抜けて床に下りた。


泣いている夏希の周りを心配そうにクンクンと鼻をならしながらぐるぐる回っている。



高宮は立ち上がって、そんな夏希を抱きしめた。




お父さんて


言われちゃな・・




斯波は本を開いていても頭に入らなかった。





だけど


気持ち的には親みたいで。




あいつがここを出て行く仕度をしているのかと思うと


嬉しいと思う気持ちと


心の中にぽっかりと穴が空いてしまうような気持ちと


両方が複雑に入り混じって。




世の父親って


娘を嫁に出す時はこんな気持ちなんだろうか。




あいつが来るまでは


萌香とふたり


静かな空間で。




お互いそんなに話をするほうではなかったから


あいつがここに住み着いて


一緒にゴハンを食べたり


世話を焼かせられたり


いろいろあったけど




おれも


萌香も


子供を育てているようで


本当に楽しかった。




もちろん仕事ではまだまだあいつを教育していかなくちゃいけない立場ではあるけど




もう


あいつが暮らしていく上で


自分は必要ない。




斯波はタバコの吸殻を灰皿に押し付けた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る