第112話 ブルー(2)

「加瀬・・」


斯波は驚いて呆然としてしまった。



南から気になるようなことを言われた高宮は夏希のマンションにやってきた。



いつものようにエレベーターを普通に降りると、話し声が聞こえて反射的に柱の影に隠れて見てしまった。



「し、斯波さんに見捨てられたくないんです~~。」



夏希はまたわっと泣き出した。



「加瀬!」


斯波は彼女の二の腕を掴んだ。




え・・・



高宮は何だか


見てはいけないような気がして、思わず陰に隠れて背を向けた。



「引越しするのに荷物をまとめなくっちゃって思っても。 何だか、色んな思い出がいっぱいで・・何にも手につかなくって・・ もう・・ぼんやりしてしまって、」



夏希は涙がとめどもなく溢れてしまった。



「何を言っているんだよ。 おまえ、」



斯波は突然取り乱し始めた夏希に戸惑った。



「りゅ・・隆ちゃんと一緒に暮らしたいって気持ちと・・やっぱり、ここから離れたくないって気持ちと・・いろんなこと・・」




何だか


ドキドキした。



それが


少しショックな気持ちで。




高宮は胸を押さえた。



「もう。 いい加減に大人になれよ。 おまえだって高宮と一緒に生きていこうって決めたんだろ?」


斯波は困ったように言った。



「そーなんですけど! やっぱり、斯波さんが側にいてくれると・・すんごく安心できるってゆーか。 なんか・・ここから離れるのが・・不安ってゆーか・・」


泣きじゃくる夏希に



アホか。


子供みたいなこと


言って。



斯波はアホらしく思いつつ


ちょっとだけ夏希がかわいく思えて、彼女の頭を大きな手で押さえつけるように撫でた。



「おれだって。 おまえのこと・・今だって心配だ。」



優しい


優しい声で


そう言った。




夏希・・



高宮は


情けないほどショックを受けてしまった。



自分よりも


斯波をすごくすごく


信頼している彼女がわかってしまって。




そこに


エレベーターが再び開いて萌香が出てきた。




「・・・!」



高宮の姿に驚いて思わず声をあげようとしたが



「しっ!」


と彼に制されて口を押さえた。



萌香も斯波と夏希の様子をそこから見た。



「・・ほんと。 もう何も心配ないってわかってても。 おまえのことはずっと心配だ。」



「斯波さん・・」



夏希はようやく泣くのをやめて、彼を見た。



「おまえが。 高宮と結婚するって言った時。 正直、すんごいショックだった。」


斯波は誰にも口にしたことがない気持ちを彼女に話した。




「いつかはそうなるのかなあと思ったりしたけど。 おまえの口からそんなことを言われて。 よくわかんないけど、すっごく動揺した。 自分でも驚いた。」




斯波も


彼女が事業部にやってきてから今日までのことを


ひとコマひとコマ


思い出して。




ちょっとしんみりしてしまう。




夏希は涙なのか鼻水なのかわからない


ぐちゃぐちゃの顔で斯波を見つめた。

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