第111話 ブルー(1)

南が帰ろうとすると、


「ただいま戻りました、」


高宮が秘書課に入っていく所に出くわした。



「あ! 高宮!」


慌ててそこに入って行った。



「え?」



「ね、ちょっといい?」


彼の腕を引っ張る。



「ちょ、ちょっと・・・。 おれ、今、日帰り大阪出張から戻ったばっかで・・」


そうとう疲れてそうだった。



「忙しいのはわかるけど! 加瀬のことで・・」



「は? 夏希の?」






高宮を隣の資料室に呼び出した。


「なんか、ヘンって・・」



「元気ないしさあ。 どこにいるのかもわかんないくらい気配ゼロやし。 斯波ちゃんには怒られて、泣いたり。」



「・・・」



ここのところ忙しくて


電話をちょこっとするくらいで彼女には会っていない。




「それに! 焼肉に誘ってもついてこなかったんだよ! おかしいやろ?」


南はそこを強調した。



「焼肉って・・」


高宮はひきつって笑った。



「萌ちゃんがさあ、『マリッジブルー』なんやないかって、」



「『マリッジブルー』?」



「加瀬ってほんまに世間知らずやし。 今になっていろいろ心配になったんちゃうの~?」



「そんなこと・・言われても、」


高宮は困ってしまった。







夏希は家に戻ったものの


斯波にうんざりするほど怒られたことが気になってどうしようもなく。




何となく隣のドアの前でウロウロしてしまった。


するといきなりドアが開いて斯波が出てきた。




「ひっ!!」




思わずのけぞった。




「・・なに?」



斯波は迷惑そうに夏希をジロっと見た。



「い、いえ・・あの・・」


いつもの彼女からは考えられないほどの小さな声だった。



「なんだよ。 萌ならまだ帰ってねーぞ、」


と、まだ怒っているような口調で言われた。



「く、栗栖さんじゃなくて・・」


「は?」


「・・斯波さん、まだ怒ってるかなあって・・」


叱られた子供のようにうな垂れた。



「・・アホらし、」


ため息をついて、斯波はドアの外に出て鍵を閉める。



「怒ってるんですかあ??」


夏希は縋るように言う。



「しつこい! おれはなあ、仕事に緊張感のないヤツは大っキライなんだっ!」


思いっきり言われた。



大っキライ・・



夏希は頭をハンマーでぶん殴られたようなショックを受けてしまった。




斯波は彼女を無視して行こうとすると、夏希が壁によろけるようにぐったりしている。


その姿を怪訝そうに見た。



よく見るとその背中が震えている。



「・・・なんだよ・・」


斯波が声をかけると、



「・・あ、あたし、ぜんっぜん成長してないってゆーか・・」


夏希の涙声が聞こえた。




げっ・・


泣いてる???




さすがに斯波は引いてしまった。




「なんでこんなにダメなんだろ。」


どんどん落ち込む彼女に



「お・・おまえ、いつもならこんなことで落ち込まねーだろーがっ!」


少しあたふたしてしまった。



「ほんっと、斯波さんの足手まといでしかないってゆーか・・」


もう、嗚咽が漏れるほど泣き出した。



「おいっ!」


目の前でそこまで泣かれて、斯波は慌てて夏希の肩に手をやった。




「も~~! 斯波さんに嫌われたら・・生きていけないです~~~。」


夏希は思いっきりの本音を言って、わんわんと泣き出してしまった。



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