第110話 つなぐ(3)

ここのところ


いつもに輪を掛けて仕事がはかどらない夏希は


とうとうミスをやらかしてしまった。




久しぶりに斯波に思いっきり怒鳴られて


さすがに落ち込んだ。




何十回


「すみません」


を連発しただろうか。



とりあえず、斯波がプイっと横を向いて口もきいてくれなくなったので


すーっと幽霊のように席に戻ってきた。



「バカだなァ。 前のヤツ見ればすぐに気づいたのに。」


八神がコソっと言ったが



そんなことは言われなくてもわかってて。


「どーせあたしはバカですよ・・」


珍しくいじけた。



「なんだよ~~。 こんくらいでテンション下げやがって。」



いつもの彼女じゃなかったので八神はちょっと気にして


机の引き出しからチョコレートを出して、



「ホラ、」


と彼女に差し出した。



夏希はそれをチラっと見て、


「・・すみません・・いいです。」


魂が抜けたように答えた。



「えっ!」


八神はものすごく驚いて大きな声を出してしまった。



その声で斯波がジロっと彼らを睨んだので、屈めて顔を隠すように


「おまえが食い物断るってどーなってんだよ。」


八神は夏希に言った。



「あたしだってねえ、そういう気分じゃない時くらいありますよ。」



そう言ったら


急に心が揺れて


夏希は机につっぷして泣き出してしまった。



「おい~~、」


八神は一生懸命彼女を元気付けようとしたが



「八神! 早くレックスまで行ってこい!」


斯波に睨まれて、



「あ・・はい・・」


仕方なく立ち上がった。



こんなことで泣くなんて。


ありえね~~~。



八神は夏希が心配になってきた。





「そやなあ。 加瀬が斯波ちゃんに怒鳴られたくらいで泣くなんてありえへんよな~~、」


南は紅茶を飲みながら言う。



「でしょ? あいつほんっと打たれ強いし。 なんかあったんスかねえ、」


八神は言った。



それを聞いていた萌香はこの前の彼女の様子を思い出していた。



「ひょっとして。 『マリッジブルー』ってヤツじゃないですか?」



「ハア? 加瀬が?」


二人は驚いた。



「ええ。 何だか高宮さんのご両親のこととか一気に解決して、あとは結婚に突き進むだけで。 何の心配もいらないのに、逆に加瀬さん、色々不安になってきているようで。」



「不安て?」


南が言った。



「これからちゃんとやっていけるのか、とか・・たぶんそんな感じやと思いますけど。」



「まあな~。 加瀬じゃあ心配になるけど。 でも、あいつそんなネガテイブだった?」


八神は言う。


「しゃーないなあ。 ちょっと元気づけてやろっか。」


南はため息をついた。




「な、加瀬、焼肉好きやろ? 奢ってあげるし。 行かない? 萌ちゃんと八神も一緒やし、」


南は夏希に言った。



「焼肉・・ですか・・」


夏希は遠い目をしたあと、



「いえ。 いいです。」


と断ってきた。



「・・・焼肉やで?」


南はもう一度聞き返す。



「・・なんかそういう気分じゃないし、」



さすがに南は焦って



「なー、どないしてん! あんたが焼肉を断るなんて!!」


夏希の両肩をつかんでぶんぶんと揺すった。



「え~~? たまにはあたしだってそういう気分になることありますから~~。 ほんと、すみませんけど、今日は。」


夏希は気の抜けた顔でそう言った。



これは


重症やで・・




南は後ろを振り向いて、八神と萌香を見た。


二人も深刻そうに頷いた・・・。

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