第37話 パリの空の下(1)

「で、なんだっけ? あたしが結婚する気あるかってことだっけ?」


真緒は話題を戻した。


「うん・・」


「まあねえ。 今は。 恋はしたいけど・・結婚はもういいかなって感じ、」


真緒は笑った。


「え、」


「子供は欲しかったけど。 この寂しさから逃れたら。 今はいいかなって。 ちゃーんとした家族をもう一度作ろうって思えたときは子供も欲しいと思うと思うけど。 あたし、初めてちゃんと生きようって思えたし、」


さっきまで冗談を言っていた彼女の表情が一変した。



「世間って広いんだね。 知らなかった。」


ポツリとそう言った。



何不自由なく過ごしてきただろうに。


こんな当たり前のことも


彼女は見えていなかったんだ。



高宮はつくづくそう思った。


「彼と結婚したことは後悔してないよ。 だって結婚しなかったら今こういう風に思えなかった。」


真緒はにっこりと笑った。



ポジティブなんだなァ。


素直に思えた。




「ああ、あの『噂』、気にしてる?」


真緒は思い出したように言った。


「え・・」


「あたしたちのこと。 噂されてるでしょ? 社内で、」


彼女も知っていた。


「ああ・・いや、」


「あたしが来たばっかりに。 色んな憶測呼んじゃったみたいで。 ごめんね、」


「気にして、ないよ。」


「でも、その噂聞いてさあ。 『ああ、そのテもあったんだ。』って思っちゃった、」


真緒は笑った。


「はあ??」


思わず飲んでいた水を吹き出しそうになってしまった。


「ほら。 高宮さんが~、ウチの家族の一員になれば。 お父さんも安心して隠居できるじゃない? 高宮さんみたいに有能な人、あっさりヘッドハンティングされてどっかいっちゃいそうだし。」


屈託なく笑う彼女に


「な、何言ってんだよ・・」


大真面目になって返した。


「ちょっとお、なに真面目になってんの。 ジョーダンに決まってるじゃない、」


笑い飛ばされ。


「あ・・そ、」


気が抜けた。


「でも。 ウチに骨埋める気なの?」


真緒はスープに手をつけながら言った。


「骨埋めるって・・」


「真面目な話。 高宮さんみたいな人・・秘書なんかじゃもったいないんじゃないかなって。 自分で起業とかできそうだし、」


「そんなことないよ。 今、おれは北都エンターテイメントだけじゃなくて、北都グループ全般の仕事もしてるし。 すごく色んな仕事ができて楽しいし。」


「そうかなあ、」


「できれば。 ずっと今の仕事をしてもいいって思ってる。」


「真太郎の代になっても?」


「専務がおれを必要として下さったら。」


「そっかあ。 えらいね、」


とうなずかれ、




ナニがえらいんだ?



と疑問に思っているそばから


「で。 高宮さんは結婚しないの?」


もう話題が変わっていた。


「は?」


その会話のテンポにイマイチついていけない。


「結婚??」


「だって30じゃん。 仕事上の地位も確立してるしさあ。」



「結婚は・・。 たぶん、まだ・・」


口ごもった。


「え? まだ遊びたいとか?」


すぐそうやってからかうようなことを言う。


「遊びたくはないけど。 おれだけしたくても・・ダメだろ、」


パンをぱくついた。


「え~? なに、彼女がOKしてくれないの? カワイソ、」


「生きるのが精一杯って・・感じのコだから・・」


思わず本音を言った。



「はあ?」


「不器用で。 ふたつのこといっぺんにできないの。 仕事も一生懸命で東京でひとりぐらしして。 それで今のキャパがいっぱいって感じ、」


ふっと笑った。


「そっかあ。 ええっと、25くらいだっけ? 彼女。 あたしが結婚したのも25だった。 確かに、なーんもわかってなかったし。 彼とは見合いだったけどホント好きだったし。 一緒に暮らしてくくらいなんでもないって思ってた。だけど、それがむずかしいんだよね。 たったそれだけのことが。」


「・・おれは。 結婚したことないからわかんないけど、」


「街歩いている老夫婦とか見ると。 あ~、すごいな~って。 何十年も夫婦やってんだよ? ウチの親もそうだけど。 当たり前そうで、むずかしいよ・・ホント。」


「実感こもってんな、」


「恋人同士が一番楽しい。 適当に自分のスペースもあって、好きなときに会って、好きなときに泊まって。 ケンカしたら気が済むまで、離れて。 いいな~~。 その時代にもどりたい~、」


真緒はワインが回ってきたようだった。



そうか。


確かに


おれ



じゅうぶん


幸せだし。




高宮はふっと夏希のことを思う。

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