第36話 信じて(3)
パリに着いたのは、もう夜だったので
とりあえずホテルに向かう。
「社長、お食事は。」
高宮が北都に声をかける。
「すいてないからいい。 ホテルに着いたら休む、」
「お父さんも年取ったねえ、」
真緒が余計な一言を言うので
「おまえこそ。 明日は10時に先方と約束してるんだから絶対に寝坊をするなよ、」
怖い顔で睨まれた。
「子供じゃないし、」
ホテルのチェックインも真緒が全てやってくれた。
「はい。 じゃあ、お父さんはこれで、高宮さんのキーはこれ、」
と、カードキーを手渡す。
「きみは社長と一緒じゃないの?」
と言うと真緒は笑って
「やだあ! もう、なんでいい年こいて親と一緒の部屋に泊まらなくちゃいけないのよ~、」
と高宮の背中を叩く。
「おまえはいちいちうるさい、」
北都は真緒をジロっと睨んだ。
「・・すんませーん、」
高宮は部屋に入って荷物を解いていると、ノックが聞こえた。
「はい?」
真緒だった。
「おなかすかない? やっぱ食べに行こうよ、」
「う~~ん、」
確かにおなかは空いている・・
真緒は手馴れた様子でタクシーを拾い、運転手に行き先を告げる。
「どこいくの?」
「車で10分くらいなんだけど。 美味しいお店があるの。 ぜんぜん堅苦しくなくて家庭料理みたいな。 高宮さんはパリは初めて?」
「うん、ヨーロッパは行ったことない、」
「そうなんだあ。 アメリカも楽しいけどヨーロッパってどこ行っても歴史がある雰囲気で。 ねえ、見て! 凱旋門、」
真緒は指を指す。
「想像してたよりデカイんだなあ、」
「なんでも大きいの。 広いし。 オペラ座なんかもびっくりしちゃう。 パリにいるときは大使館の奥さんたちといろいろ行ったよ~。 パリだけじゃなくてオーストリアもドイツも。 奥さんはほんっと暇だからさ、」
と笑う。
「あたしがダンナと別れて日本に帰るって言ったらみんな泣いてくれて。 異国でずっと一緒にいたりすると妙な親近感が生まれてね。 ダンナと別れるよりそっちのが寂しかったかも、」
真緒は窓の外を見た。
彼女がここで過ごした5年間。
どんなだったのか、
少し想像してしまった。
真緒がつれてきてくれたのは、堅苦しくないあったかい雰囲気の店だった。
「ハウスワインもおいしいの。 ちょっと飲まない?」
「や、おれはいいから。」
とやんわりと断る。
「よっぽど痛い目にあったんだね、」
真緒の冗談に、ひきつって笑った。
ほんと
よっぽどだよ・・
「酒の上の失敗なんか誰だって1度や2度はあるよ。 あたしも学生の時、飲み会でツブれてさあ。 友達と植え込みに寝てたことあったんだよ、」
「はあ???」
「でも、意思が強いんだね~。 えらいね、」
真緒はそう言ってぺリエを注文してくれた。
「ほんと、美味しいね。」
料理の美味しさに高宮は微笑む。
「でしょ?」
ウエイターの男が食事を運んできた時に二言三言、真緒に話しかけ、彼女はそれを笑って返した。
「なんて?」
「ああ。 彼、あたしがここに前に何度か友達と来ていたことを覚えてて。 ご主人ですかって、」
真緒はおかしそうに笑った。
「は? おれ?」
顔がひきつる。
「ま、傍から見ればね。」
「真緒さんは、もう結婚する気はないの、」
高宮の言葉に、真緒は笑って
「真緒さん、なんてキモいからやめてくれる? 真緒でいいよ。 同い年だし、」
と言った。
「社長のお嬢さんの名前を呼び捨てなんかできません、」
「まじめ~~。 高宮さんはなんて名前?」
「え・・高宮・・隆之介、」
「りゅうのすけ!? すっごーい! 武士みたい!」
武士・・
初めて言われた。
呆気に取られていると、
「んじゃあ、りゅうちゃんって呼んでいい?」
と大胆に言われてドキンとした。
「そ・・それは・・」
夏希の顔が浮かんでしまった。
「い、いちおう・・きみは今、バイトとはいえ社員なんだから・・そういうなれなれしく呼び合うのはどうかって、」
彼女の機嫌を損なわないように気を遣って言った。
「え? そうかあ・・。 やっぱダメだよね。 学校じゃないんだから、」
真緒はあっけらかんとして笑う。
こういう拘らないとこが。
ラクなんだけど。
高宮はふっと笑った。
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