第28話 不穏(2)

「なんっか・・空気重かったね、」


母と別れてからしばらくして真緒が口を開いた。


「あんま。 好きじゃない。」


高宮は地下鉄の階段を下りながら言った。


「え?」


「ウチ、帰らないし。 妹以外は接点ないし、」


真緒は高宮の家庭の複雑さは汲み取ったが、


「あ、そっか。 勘当されてんの? 政治家にならなかったから?」


明るくそう言った。


その気を遣わせない明るさに、高宮も笑って


「ま、そんなもんだよ。」


と答えた。



この子は


適当に素直で


奔放にしゃべっているようでも、ツボは抑えてる。


言っていいことと悪いことの区別は瞬時に判断しているようで


言ってみれば


『空気の読める』人だ。



高宮は真緒のことをそう思い始めていた。



大人の気を引こうと思って


子供のころから頑張ってたんだろうなあ・・


そんな風に思ったりした。




その夜。


高宮は恵に電話をしてみた。


「そうかあ。 言ってくれればよかったのに、」


「お兄ちゃん、忙しいし。」


「そういう嬉しいことは言って欲しいし、」


「ごめんね、」


「体調は、どう?」


「ちょっとつわりが苦しいけどね。 でも・・まだ軽い方みたい。 良さんもね、ほんと喜んでくれて、」


妹の幸せそうな顔が目に浮かんだ。


「そっか・・」


「それより・・お母さんが今日帰ってきて言ってたんだけど・・」


「え?」


「北都社長の娘さんと一緒に仕事しているの?」


「え・・うん、」


「離婚して戻ってきたって・・」


「・・うん、」


「すっごい・・嬉しそうに話してた、」


恵の言葉で高宮が感じていた


『嫌な予感』が的中しそうで怖かった。


「また妙なこと考えてるかも。 気をつけてね、」


逆に励まされてしまった。





「あ、社長。 明日のJネットの創立30週年記念パーティーですが・・」


高宮が北都に言うと、


「ああ・・これは真緒を連れて行くから。 きみはいい、」


と言われた。


「え、」


すると真緒がやってきて、


「ほら、こーゆーのって普通夫婦同伴で行くでしょ? でも、うちのお母さん、昔っからパーティーが大っきらいで。あんま一緒に行かないから。 今までは秘書の人と一緒に行ってもらってたけど。 いちおう娘ですから。 こういうときは今度はあたしが。 だてに出戻ってきてないからさあ、」


といつものように明るく言った。


「いいんですか?」


高宮は北都を見た。


「・・ま、ちょっとは役に立つだろ、」


北都は苦笑いをした。


まあ


それは助かるけど。


ほんっと


パーティーって名のつくことが多くて。


それに付き合うのは結構大変だった。


高宮はそんな風に思っていたのだが。




「これは北都社長、」


そのパーティーに高宮の父も招かれて来ていた。


「ああ、先生もいらしていたんですか、」


「ごぶさたをしてしまって。 私もすっかり隠居生活に入って悠々自適にやっていますが、」


「お身体のほうは?」


「まあ、ぼちぼちです。 もう娘婿に全て任せてありますから気は楽ですが。」


「優秀な方だそうですね。 評判です、」


「いえいえ、まだまだ・・」


高宮の父は後ろに控える真緒の姿に目を留めた。


「お嬢さん、ですか。」


「ええ。 猫よりもましなのでつれてきました。 長女の真緒です、」


真緒はその紹介にニッコリしてお辞儀をした。


「高宮さんのお父さま、ですね?」


「ご存知でいらっしゃいましたか、」


高宮の父は嬉しそうに言った。


「そりゃあ。 大臣までお勤めになった方ですし。」


「噂に違わぬ・・美しいお嬢さんですね、」


「いやいや。 本当に困っています。 いろいろあって、」


北都は苦笑いをした。


「今の時代。 いくらでもありますから。 そういうことを気にする方が古いと思われてしまいます、」


高宮の父は真緒の離婚歴に何気に触れた。


「もう一度青春からやりなおすつもりですので、」


真緒は卑屈になることなく屈託なく笑った。


「本当に。 いいお嬢さんですね、」


高宮の父は微笑んで頷いた。

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