第27話 不穏(1)

疲れていれば疲れているほど。


彼女の顔が見たくなる。


コゲたリゾットを食べさせられても。


毎日責任のある仕事ばかりをしている高宮にとっては、彼女がオアシスのようなものだった。



「あれ、ボタンが取れてるよ。 つけてあげよっか。」


彼のシャツの腕のボタンが取れそうなのを見つけて夏希が言った。


「え・・。 できるの?」


思わず訊いてしまった。


「できますよお。 これでも一人暮らし歴、結構長いし~~。 ほら、脱いで。」


と、彼女にYシャツを脱いで手渡して、そのままシャワーを浴びようとバスルームに行った。



そして


20分ほどして出て行くと、まだ一生懸命にボタンと格闘していた。


「え! まだやってんの!?」


思わず言ってしまった。


「な・・なんっか・・うまくできないってゆーか・・」


と言ってるそばから


「いたっ!!」


手に針を刺してしまったり。


「あ~あ~もう・・自分でやるよ・・」


見かねて高宮は言って、垂れ下がったシャツの上に座っていたあんこをふっと見る。


「あっ! あんこがオシッコしてるっ!」


「はあ??」


夏希が暢気に見ると、あんこが暢気にそこにしゃがんで思いっきりオシッコをしていた。


「あーっ!! もうっ!」


夏希はパニくった。


「あ~あ~もう。」


高宮はあんこを抱き上げた。


「ぜんぜんトイレわかってねーじゃん、」


「気のせいだったのかな・・」


そう言う彼女がおかしくて。


また、一人笑ってしまった。


あんこがやってきて


また、二人の時間がすごく楽しくなってきた気がした。




夏希は


心無い噂を信じないように


信じないように


自分の心に強く言い聞かせていた。



ところが。



「でもさあ・・その人奥さんが日本人なんでしょ~? あんまり洋食って決め付けないで和食でもいいんじゃない?」


「そうかなあ・・でも割とお年だし、」


「あんまり年寄り扱いすると。 機嫌損ねるかもよ、」



来週やってくるNYの舞台演出家夫婦の接待で、高宮と真緒は外苑前の店をチェックしていた。


今までは自分ひとりでしていた仕事だが


真緒がいると女性ならではの観点で色々言ってくれるので、ちょっと助かったりする。



「う~~ん。 イマイチだなあ・・」


などと二人で歩いていると。


「隆之介?」


道路わきに止められた車の中から声をかけられた。


「え・・」


振り向くと。


運転席から母が降りてきた。


「ひさしぶりね、」


こんなところで母親に会うなんて、ちょっとドキっとした。


「ああ・・」


「仕事?」


「うん、」


最小限の言葉しか交わさなかった。



「たまには。 ウチにも来たら? 恵も気にしてる、」


あれから。


実家には寄り付かないし


もちろん家族とも会っていない。


住民票を勝手に東京に移動してからは


ほとんど絶縁状態と言ってよかった。


「二人が元気にしてればいいよ・・」


高宮はボソっと言った。


「ああ、恵ね。 子供ができて。」


母は言った。


「え・・ホント・・?」


ちょっと驚いた。


「聴いてない? 今、3ヶ月で。 予定は来年の夏ぐらいだけど、」


「そっか。 よかった、」


ちょっとホッとした。



母はふっと真緒に目をやった。


「会社の方?」


「あ・・うん・・」


不思議そうに見ていた真緒に


「・・母、」


と紹介した。


「え? お母さん?」


あまりによそよそしい雰囲気だったので真緒は驚いた。


「あ・・えっと。 あたし・・北都真緒です。 あの、北都の・・」


と説明しようとすると、母の顔色が一変した。


「え・・社長のお嬢さん??」


「はあ・・」


「ええっと、確か・・数年前にご結婚されたって・・」


母は記憶を取り戻していた。


「あ・・それちょっと。 NGになっちゃって、」


真緒はアハハと笑った。


「・・・・」


母は黙っていたが


ゼッタイに何かを考えている・・。


高宮はものすごく嫌な予感がした。


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