第26話 凪ぎ(3)

「ええっと。 トイレはこれでいいのかな。 いい、あんこ。 ここでオシッコするんだよ~。」


夏希は自分の部屋に犬用のトイレを設置した。


本を買ってきてトイレのしつけも勉強したりした。



隆ちゃん


ほんっと忙しいもんね。


毎日毎日。


遅くまで仕事して。


あたしには


わからない


難しい仕事ばっかりで。



ぼんやりとしていると、偶然かわからないが、あんこがトイレでおしっこをした。


「え! すごい! さっそく~~? あんこ~~、えらいっ!」


夏希は喜んであんこを抱き上げた。


「いいコだね~~。 よしよし、」


と頭を撫でると小さなしっぽを振ってぺろぺろと鼻の頭を舐めてくれる。


「・・あんこがいてよかった~~、」


夏希は思わずそう言った。



そうじゃなかったら


あたし


またいろんなこと考えて。


落ち込んじゃう・・




「う~~~、疲れた・・」


高宮は思わず首をぐるっと回した。


「おつかれでーす。 ね、よかったらウチで食事しない?」


真緒が話しかけてきた。


「え? あー・・遠慮しときます・・」


高宮はそう言ってタバコに火をつけた。


「いいじゃない。 もうこんな時間だし、」


「こんな時間だから社長の家なんか行かれないだろ~~。」


「別に。 お母さんだって高宮さんのことはホント家族みたく思ってるし。 構わないよ。 なんならこの前みたく泊まっても、」


などと軽く言われるが。



前回のことで


何となくそれもよろしくない気がして


「・・社長にそこまで思ってもらえるのは光栄だけど。 やっぱ仕事とプライベートは分けないと。 あんまり甘えるわけにいかないし。 それに。 いちおうおれも・・・緊張するし、」


ボソっと言った。


「そうかあ・・ま、確かに。 時間外で社長につきあうのもヤだよね。」


真緒は笑った。




時計はもう9時だったが。


高宮は家に戻らずに夏希のところに寄った。



「あれ・・どしたの・・」


夏希はパジャマ用のジャージ姿だった。


「うん・・。 もう仕事終わったし、」


カバンを置いてネクタイを緩めた。


「あ、ゴハン。 食べてない?」


「うん・・」


「今日ねえ、けっこうすごいの作ったよ、」


夏希は嬉しそうに言った。


「えっ・・」


一瞬身を引いた。



なんだろ。


ちょっと怖いけど・・


しかし


心のどこかで期待している自分もわかっていた。




「ほらっ!」


と鍋を開けて見せられた。



「は・・」


そこには


一見では


いったいなんなのかわからない代物が鍋いっぱいにあった。



「・・なに? おじや?」


ごはんものというのだけはわかった。


「え・・チーズリゾット!」


夏希は言った。


「ち、チーズリゾット??」



「ちゃんとカマンベールとか~、ええっと・・なんだっけも・・もっちもち・・じゃなくて・・」


「モッツアレラ・・?」


「そうそう! モッツアレラとか! 色んなチーズをちゃんと入れたんだよ! でも・・なんっか・・どんどん増えちゃって。 さすがのあたしでも食べ切れなくて。 なんか・・また増えてる感じ、」


そのリゾットらしきものを見ていると


何ともいえないおかしさが腹の底からわきあがってきた。


「え、なに笑ってんの・・」


「い、いや。 ほんっと・・増えちゃったもんだなァって。 ・・それでいいよ。 食べていい?」


笑いを抑えながら言った。


「いいの? これで。」


「いいよ。 匂いは悪くないし。 もう遅いから軽いものでいいって思ってたから、」


「じゃあ、あっためるね!」


夏希は張り切った。




「ねえ! さっきねえ・・あんこってばちゃーんとトイレでおしっこしたんだよ~~~。」


夏希は思い出してキッチンから顔を出した。


「え、ほんと?」


「もうおりこうさんでしょ? ちょっと教えただけなのに~~。 頭いいんだ、きっと~。」


嬉しそうに言った。


その時


「え、なんか・・コゲくさいよ?」


高宮は鼻をひくつかせた。


「あっ! いけないっ!」


リゾットをあっためているのを忘れていた。


「ご・・ごめん・・ちょっとコゲちゃった、」


「コゲもついちゃったか~~~、」


高宮はまたおかしくて笑ってしまった。

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