第23話 女心(5)

「ほんとに。 なんか思うことがあったら言ってみて、」


高宮が夏希に言うと、


「な、なんで・・」


夏希はうつむいて恥ずかしそうに小さな声で言った。


「は?」


「き、昨日・・、」


よく聞き取れなかった。


「え? なに?」


と訊かれて、夏希はガバっと顔を上げて




「・・キスしてくれなかったの??」



予想外なことを言い出した。



「・・は・・」


高宮は固まったあと、顔が真っ赤になっていくのがわかった。


「き・・キスって・・」


「ぎゅうって・・抱きしめて・・くれなかったの?」


夏希は思わず涙をこぼしてしまった。



え?


ええ~~??


そこ!?



高宮は思いもよらないことを言い出されて。


ものすごいドキドキしてきてしまった。




「な・・なんでって。 も・・丸2日風呂・・入ってなかったし無精ヒゲとか・・な、なんか・・」


あたふたと言い訳をした。


「そ・・それだけで・・よかったのに。」


夏希はまたうつむいて、子供のように手で涙を拭った。



ああ


そうか。




高宮はそんな夏希を見てふと微笑んだ。



そして


彼女の頭を撫でて、その手を頬に下ろして。


すっとキスをした。



夏希はびっくりして目を開けたままになってしまった。



ハッとして、慌てて離れて


「かっ・・会社だし!」


もう顔から火が出そうだった。



「だから・・。 してほしいっていうから、」


普通に言うと、



「い、今じゃなくて! ちょっとぉ・・隠しカメラとかあったらどうすんですか!」



本気で周りを見回して焦っている。


その姿がまたツボで笑ってしまった。



だけど


何だかそのキスだけで


ホッとした。



「今日もあんこ、迎えに行ってもいい?」


夏希は小さな声でそう言った。



「いいよ。 昨日・・夏希が帰ったあと、あんこがさあ。 夏希を探してウロウロしてた。」


高宮は笑った。


「え・・」


胸がきゅううんとした。


「ほんと?」


「うん。 もう慣れてんだなァって。 おれよりも、」


あんこのつぶらな瞳を思い浮かべてしまった。





自分の感情だけで。


あんこをなおざりにしたなんて。


「あ~~、もう! 今会いたくなっちゃった~!」


「なんだよ、いきなり~~、」


おかしそうに笑った。



萌香は夏希の様子を見ただけで



高宮さんと仲直りしたんだなァ



とわかってしまったので。


余計なことは言わなかった。




「外出、行ってきまーす!!」


いつものように大きな声が出るようになった。


「うっせ! そんなにでっかい声出さなくても聞こえるし!」


八神が耳を押さえるほどで。





「あ~~! 隆ちゃん、あんこがおしっこしちゃったよ~~、大変!」


夏希が慌てて雑巾を持ってくる。


「あ~あ~。 ちゃんとトイレも教えなくちゃだなあ・・。」


床をキレイに拭いて、あんこもキレイに拭いてやると


「でも! まだ赤ちゃんだもんね~~。」


夏希はあんこにほお擦りをした。


そんな彼女をあんこごと抱きしめた。


「あんこがつぶれちゃうよ・・」


「んじゃあ。ちょっと待ってて。」



高宮はあんこをひょいっと彼女の手から取り上げてソファに下ろした。


クンクンと寂しそうに鼻をならすあんこに気をとられながらも、



彼にぎゅっと抱きしめられて


またすごくホッとした。



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