第10話 第一の事件(1)

「ああ、あたしの犬じゃないんですけど。 隆ちゃんの!」


夏希は笑った。


「あ? あいつ犬なんか飼ったりすんの!?」


八神はなんだか想像できずに驚いた。


「隆ちゃん、来年の春までにちょっと広いトコに引っ越すってゆーから。 犬とかいるといいねって話して~。 そしたらね、すっごい欲しくなって買っちゃったんですって。」


夏希は嬉しそうに話した。


「・・へえ。 意外。」


「だから。 あたしも面倒見させてもらおっかな~って。 ずうっと犬飼いたかったし。」




「どう? ワンちゃんの調子。」


秘書課では真緒が高宮に話しかけていた。


「え? ああ。 おかげさまで。 ほんっといいショップ紹介してくれてありがとう。 予防注射も代行してくれるって言うし。 預かってももらえるし。 助かった。」


「よかった。 ね、名前は?」


「うん。 店の人にね、予防注射受けさすときに名前がいるから決めておいて下さいって言われたんだけど・・。」





「え~? あたしがつけていいの?」


高宮は夏希に相談した。


「なんか浮かばない。 なんかいい名前、ない?」


「・・女の子だったよね~。 ええっと。 なんか茶色かったから・・『あんこ』とかどう?」


夏希は笑った。


「はあ??」


「おいしそーだし、かわいいし!」



また


フツーな感覚じゃないし・・



高宮はいちおう彼女に相談したが、だいたいこうなることはわかっていた気もする。


「『あんこ』ねえ。 ま、かわいいか。」


高宮も最後に笑ってしまった。


食べ物ってところがいかにも彼女らしい。



「ね、今日あたしが『あんこ』を迎えに行ってもいいですか?」


夏希は早速嬉しそうに言った。


「おれも8時ごろ帰れると思うから、」


高宮もそう返事をした。




しかし。


「はあ? カキですか?」


高宮は思わず声を上げてしまった。


「そうなの! さっきお母さんから電話があって。 たっくさん殻つきのカキをもらっちゃったんですって。 早く食べないといけないって言うんだけど、今日は真太郎も真尋んとこもみんないなくって。 誰か誘いなさいって言うもんで。 高宮さんも来てくれない? カキなべだって。」


真緒から思いも寄らない提案をされた。


「カキなべって・・」


「お願い! ほんとお母さんに怒られちゃうし。お父さんを送りがてら・・。」


強引な誘いを受けた。



「え? 社長のお宅に?」


「うん。 ごめん。なんっか・・誘われちゃって、」


高宮は内線で夏希に謝った。


「ううん。 しょうがないよ。 社長からの誘い断るわけにいかないもんね、」


夏希は明るく言ったが、



厳密に言えば


社長じゃなくて


社長の娘に誘われちゃったんだよな・・



若干


良心が痛んだ。



「あ、高宮。」


南も帰宅してカキ鍋やカキフライの仕度をしていた。


「ども・・おじゃまします。」


「真尋とエリちゃんたちさあ、エリちゃんのお父さんが今東京来てて。 一緒に食事に行くことになったみたいでさ。 カキ鍋も捨てがたいけどな~~って未練たらたら出かけたよ。」


南は笑った。


「南ちゃーん。 これ、こうやっていいの?」


真緒も調理を手伝っていた。


「あ! ダメだってば! こんなにダンゴみたいにしちゃって! カキフライが~~。」


「え、ダメ??」


「しゃあないなあ。 もう・・もっとさあ、ふわっと衣をつけないと美味しくないって。」


「そっかあ・・」


「ほんまに料理が相変わらずでけへんなあ、」


真緒は笑って、パン粉だらけになった手を高宮につけるフリをした。


「わっ!」


「なまぐさ~~、アハハっ!!」



無邪気に笑う彼女を見ていると


なんだか


夏希のことを思い出してしまった。



「加瀬、誘わなかったの?」


納戸の高いところにあった土鍋を取ってやっていると、南が言った。


「え。 ああ、まあこちらから誘われたので。 おれから言うのもなんなんで。」


高宮は南に土鍋を手渡した。


「別に遠慮なんかしなくていいのに。」


「いちおう社長のお宅ですから。」


「あんたはそーゆーとこ真面目やな。 『彼女連れてってもいいですか~?』


って普通に聞けばいいのに。」


「それに今日は犬を迎えに行くって言って・・」


「ああ、訊いた。 加瀬めっちゃ嬉しそうに話してたで。」


「なんかね。 夢中になっちゃって。 たぶん今日はカキよりも犬だと思うし、」


高宮は笑った。


「名前は?」


と訊かれて、高宮は苦笑いをして


「・・あんこ。」


「はあ???」


「『あんこ』がいいって言うんで。」



その言葉に南は大笑いをしてしまった。

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