010 返句には相手への悪口が埋まっている。

 部内での句会の順位は、才能アリ2位に芥川と川端、凡人3位に谷崎という所まで発表されたが、川端の作品の解説がまだ終わっていない。


「えぇっと、芥川君の作品の解説は終わったところだったね。それじゃ、続いてもう一人の才能アリ2位、川端くんの作品を発表しよう。」


「はい。お願いします。」


 ~川端康菜の作品~


 われ遂に 富士に登らず 老いにけり

                (※川端康成の小説『山の音』に登場する句)


「なるほど。それじゃあ川端くん、説明してもらっていいかな。」


「はい。比較的に意味は平易だと思いますが、富士山の頂きに登ったことがないまま年を経てしまったという歌です。富士は日本一の高山。大きな目標があったけれど、そこには到達できなかったという句。」


 川端の説明を受けて、「なるほど――」と夏目先生は今一度、彼女の作品に目をやった。


「無季俳句(※季語がない)に挑戦し、季語がない代わりに、強いメッセージ性が組み込まれている点は見事ですね。目標に達せられず、作者の心残りな想いが伝わってきます。」


 夏目先生は「……しかし」と付け加え、川端の句に一文字だけ赤ペンで修正をいれた。


「ただ一点だけ。川端くんの話からすると、大きな目標へと作者はチャレンジしたわけですね。ところが夢叶わなかった。その場合だと、富士に登『ら』ず――とするよりも、富士に登『れ』ずにした方がよかったですね。」


「ふむ、確かに……私としたことが、単純なミスを。」


 川端副部長は、真剣に夏目先生の講評に耳を傾けている。


「挑戦したいけど――しなかった。それとも、挑戦したけど――届かなかった。この二つには大きな違いがあります。その違いも、たった一文字ではっきり伝えることができるのが、日本語の面白いところです。」


 川端康菜は、2位という結果にあまり満足した様子ではなかったが、夏目先生からの講評には納得しているようだった。


「残りは三人だね。次の発表をしようか。」


 まだ発表されていないのは、三年の森部長、二年の中原、一年の太宰の三人である。そして空いている席は、才能アリ1位、才能無し4位、才能無し5位の三席だ。


「つづいては、才能無し4位を発表しよう。」


 森、中原、太宰の三人は、夏目先生の発表を固唾を飲んで見守る。


 照明が落ち、スポットライトが頭上を回る。ドラムロールの後、眩い光に照らし出されたのは、中原中二であった。


「っ……なん……だと……? この俺が……才能無し四位だと……」


 中原は自分が才能アリ1位だと確信をもっていたらしい。予想外の結果に、がっくりと肩を落として崩れ落ちる。


「まじか……、中原が4位か……。」


 芥川もまた――予想外だ、という驚きの声をあげた。しかし、それは中原が最下位ではなかったのか、という驚きであった。


「はい、それじゃあ――才能無し4位の中原くんの作品を発表しよう。」


 肩を落とす中原を尻目に、夏目先生は中原の作品を発表した。


 ~中原中二の作品~


 五月闇 風舞う鴉 魔のロンド



「っじゃあ、中原君。自作の説明をしてもらっていいかな。」


 夏目先生に促され、中原は自作の句の説明を始めた。


「梅雨時期の夜、その中を闇の風に舞う鴉たち。それが魔の輪舞曲の如し――ズバリ、そう言うことです。」


 中原が自作の説明をしている間、芥川はスラスラと短冊に何やらしたためていた。


「……夏目先生、中原のこの句に対して、返句(ある俳句に対して、俳句で返すこと)を出してもいいですか?」


「おっ、芥川くん。ぜひどうぞ。」


 ~中原に対する芥川龍介の返句~


 いたたたたっ 中二臭いぞ 阿呆鳥  


「阿呆鳥を鴉と対比させてみました。中原、お前への渾身の返句だ。どうか受け取ってくれ。」


「貴様っ! それただの悪口だろっ!!」


 中原は芥川の返句に対し、さらに返句を書きだそうとした。


 ~芥川に対する中原中二の返句~


  馬鹿野郎 良さが分からぬ 天パ頭


「最後の部分を字余りにして、強調させてみた。どうか受け取ってくれ。」


「天パ関係ねぇだろっ! くそっ――、お前こそ うざい前髪 床屋いけっ!」


「あぁんっ!? だまれボケっ 阿保馬鹿間抜け だまれボケっ!」


 ヒートアップした芥川と中原の二人は、顔を近づけあってお互いを罵り合った。


「もはや、ただの悪口合戦じゃない。」


 呆れ顔の川端副部長の隣で、谷崎は「ふへへ、どっちを受けにしたらいいですかね~」と、涎を垂らしていた。

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