009 句会にはプ〇バトの趣向が埋まっている。


 俳句――多くの小説家たちは小説執筆の合間に、その最小単位の芸術表現を嗜む。


「今日の活動は――、夏目先生からのお達しで句会を行う。」


 森部長が本日の活動内容を告げると、「句会……?」と、太宰は首を傾げた。


 その様子を見て、隣りに座っていた芥川は「俳句を発表しあう会のことだよ。」と耳打ちするように教えてやった。


 芥川の隣の席は、いつしか太宰の席として定着されつつある。


「俳句ですか……。あまり書いたことないので、自信ないです……。」


 太宰は自信無さげに、少し俯きながらそう言った。そんな彼女に、芥川は先輩として言葉をかける。


「前も言ったけど、全然気負わなくていいさ。俺も大して俳句が上手いわけじゃないけど、俳句も小説と同じ文字を使った創作活動だ。自分が書きたい事をかけばいい。」


 優しく励ましてくれる芥川の横顔を、太宰は真っすぐな瞳で見つめていた。


「……わかりました。やってみます!」


 太宰は小さな拳をぎゅっと握り、意気込む表情を見せた。。


「ちなみに、太宰ちゃんは俳句の原則わかる?」


 谷崎の問いに、「えぇっと……、5・7・5で、季語を入れるんですよね?」と太宰は答えた。


「そうだね~。まぁ、音数も季語もあくまで原則だけどね。龍介の言う通り、楽しく書くのが一番だよ。」


「はい、ありがとうございます!」


 俳句のルールを確認し、部員一同は早速俳句作りを始めた。


 みな俳句の創作に集中し、部室は水を打ったような静けさに包まれていた。部室の壁かけ時計の針の動く音が聞こえるほどである。


 その静寂を破ったのは、年を重ねたハスキーな渋い男性の声であった。


「感心感心。みなさん、とても熱心に創作に耽っていますね~。」


 その声に、ビクッと全員が一斉に顔をあげた。いつの間にか部室には、髭を生やした初老の男性が、にこやかな笑みを浮かべて佇んでいた。


「夏目先生っ!」

 

 その初老の男性を見た途端、芥川は嬉しそうに声をあげた。


「あれが……夏目先生……。」


 新入生の太宰は、目を丸めて夏目先生と呼ばれる男性を眺めた。


 歳は50代前後くらいだろうか。いつもどこか寝癖がついてる芥川と違って、髪型はびしっと七三で固められ、スーツにネクタイ姿である。芥川の師事する人物であり、我が校の現代文の教師であり、偉大な小説家でもあるらしい。


 夏目先生はスマートな動作で席に座ると、「それでは句会を始めましょうか。」と部員たちの書いた俳句を茶色の紙袋の中に集めさせた。


 夏目先生は全員の俳句をしばらくじっと眺めた後、部室の黒板に『才能無し』、『凡人』、『才能あり』と書きだし、その下に椅子を部員の人数分用意した。


「なんだか……某――芸能人の俳句の格付け番組みたいですね……。」


 太宰の言葉に、「夏目先生あの番組好きなんだよ。」と芥川は苦笑いを浮かべた。


「ってか、いつの間にか恰好変わってるよん~。」


 谷崎の言葉に振り向くと、夏目先生はいつの間にか、顔を茶色に塗り、ツイストパーマのカツラを被っていた。そしてダウンタ〇ンのは〇ちゃん風に、声高らかに順位を発表し始めた。


「それじゃあまず……、凡人3位から~!」


 突然部室の照明が落とされ、スポットライトが部員たちの上を回り出した。そしてドラムロールを自分の口で発しながら、夏目先生は凡人3位の人物の名をあげた。


「凡人3位は――――谷崎潤子っ!!」


 夏目先生の呼名に対し、「3位か~、まぁでもこんなもんかな~!」と笑顔で、凡人3位の席へと着席した。


「凡人3位、谷崎潤子の作品がこちら――」


~谷崎潤子の作品~


  男ども 棒奪い合う いぬふぐり    


「谷崎くん、これはどんな気持ちで書いたのかな?」


 夏目先生の問いに、谷崎は少し頬を赤らめて答える。


「いや~男たちがですね~。お互いの棒を、いぬふぐりの花の上で奪い合う春の様子を書きました。いぬふぐりが暗示しているのは、男の人のたまたm……」


「おっと……、そこまでで結構ですよ。」


 夏目先生は少し困惑した表情で、谷崎の暴走を押しとどめた。


「技術的な問題どうこうというよりも……題材の選び方に問題があるだろ……。」


 芥川は眉間にしわを寄せて、渋い顔をしながら言った。


「うーん、そうですね。熱いパッションが込められているのはわかりますが、題材を変えてみるか、それかもう少しオブラートに包んでみましょう。」


「は~い!」


 谷崎は幼子のように快活な声で返事をしたが、きっとわかってないだろうな、と諦めた表情で芥川は頭を掻いた。


「続いて――、才能アリ2位の発表!」


 再び部室内は暗転し、夏目先生は自らの口でドラムロールを発する。そして頭上をくるくると照らし出すスポットライトは、何故か芥川と川端の二人の頭上で停止した。


「うん? あれ……?」


「これはどういうことなのかしら?」


 困惑する二人に対し、夏目先生はにやりと笑って、高らかに発表した。


「才能アリ2位は、芥川くんと川端くんの二人で~す!」


「お~、やった!」と嬉し気な表情の芥川と対照的に、「2位……ですか……。」と少し悔しそうに川端副部長は表情を曇らせた。


 その二人の様子を見比べながら、「それじゃ、先ずは芥川くんの作品からいきましょう。」と夏目先生は切り出した。


「はい! お願いしますっ!」


 ~芥川龍介の作品~


   筍の 皮流るる 薄暑かな

                 (※芥川龍之介の実際の俳句)


「芥川くん、これはどんな気持ちで書いたのかな?」


「これはですね……。春休みに、祖母の実家に家族で帰省したんです。自然に囲まれた田舎でして、川沿いを散歩していたら、筍の皮が上流から流れてきました。気温も上がってきて顔を出した筍を、上流の誰かが採って、昼食にでもするのかなぁと……。それだけなんですけど、何となく印象に残ったので句にしてみました。」


 芥川の説明に対し、夏目先生は「なるほど……」と穏やかな笑みを浮かべた。


「やはり思った通りですね。作者の気持ちが、きちんと五七の短い文で表現できています。ふと見ると、川面を筍の皮が流れている。その描写からさらに、上流の見えない相手の方まで、さっと描写が跳んで想像することができます。」


「夏目先生、何か改善点はありませんか?」


 芥川の問いに対し、「ありませんよ。これはそのままで、十分素敵な句です。」と優しく伝えた。


「ありがとうございますっ!」


 芥川が深々と頭を下げると、自然と部員たちからは拍手が起こった。


「芥川先輩の句、すごく素敵です!」

 

 太宰はキラキラとした瞳で、芥川に尊敬の眼差しを向けて言った。


「あぁ、ありがとう。太宰も1位目指して頑張ってな。」と芥川は、太宰の頭にぽんと優しく触れ、才能アリ2位の席へと向かう。


 尊敬する芥川に優しく頭をぽんっとされ、「……はい/// がんばります!」と太宰は少し照れつつも、幸せそうな表情を浮かべた。


 芥川が才能アリ2位の席へ着席すると、隣りの凡人3位の席に座る谷崎が何やらにやにやと見つめてきた。


「……なんだよ。」


 芥川が怪訝な表情で谷崎を見ると、「何だかラブコメの臭いがしつつあるね~。」と谷崎はにやつきながら言った。


「何の話だよ。」


 芥川は、また谷崎が変なこと妄想してるな、と呆れた表情を返した。


「文芸部にも探してみれば、ラブコメが埋まってるって事だよ~。死体じゃなくてよかったね~。」


 谷崎の言葉に、やはり意味がわからないといった様子を芥川は浮かべた。

 

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