文芸部には青春ラブコメが埋まっている。

００２ リレー小説には混沌が埋まっている。

「新入生を踏まえての初の部活――今日は、リレー小説をしようと思う。」

　森部長は、部員全員を見渡しながらそう言った。

「……リレー小説？」

　新入生の太宰は、頬に手をあてて小首を傾げた。

「最初の人が考えた小説の続きを、次の人が考えて、またその続きを次の人が考えて……って感じで、バトンを渡すように物語を作っていくんだよ～」と、谷崎が説明を入れる。

「一人の持ち時間は、最初の人は10分、二番手からは読む時間も必要だから、最大20分までということにしよう。それじゃ、順番を決めよう。」

　じゃんけんの結果、一番バッターは森部長、二番に谷崎、三番が川端副部長、四番が中原、五番が芥川、そしてラストが新入生の太宰という順番になった。

「芥川先輩……。順番変わってくれませんか……？　私が大トリなんて、無理ですよ……。読むのは好きだけど、書いたことなんてほとんどないですし……。」

　太宰は胸の前で不安そうに手を組み、きゅっと肩をすぼめた。

「大丈夫だよ。どうせ中原あたりで滅茶苦茶になるから、好きなように書いたらいいさ。俺もできる限り、太宰が書きやすいようにしてバトンを回すから頑張れ。」

「は、はい……。あっ、ありがとうございますっ……！」

　太宰はぺこっとお辞儀しながら、少しだけ安堵したような微笑みを浮かべた。

「それでは、私から始めよう。」

　森先輩はしばらく石像のようにじっと考え込み、そして愛用の万年筆を手に取った。ペンを取ってからは、すらすらとA4のノートに物語を綴っていった。昭和の音楽家が優雅に作曲でもしているような、ゆったりと安定した執筆スピードである。きっかり10分で筆を止め、ノートを谷崎に渡した。

「ありがとうございます～。……ふむふむ。」

　谷崎は舐め回すように、じっくりと森部長の書いた文章を読みはじめた。最後まで読み終わると、「ふひひ……。ふひっ……。」と気味の悪い笑い声をあげ、にやにやしながら続きを書き出した。

　すでに何かとても嫌な感じがしたが、他の部員たちはただ見守るしかない。約15分ほどで谷崎は筆を止めた。

「次！　川端先輩～お願いしま～す。」

　ノートは谷崎から川端副部長に手渡された。最初はふむふむと読んでいた川端だったが、途中から眉間に深いしわがより出した。彫刻で掘ったようなくっきりとした深いしわである。その後、片頭痛を抑えるように頭を抱えてから、ノートに続きを書き始めた。

　苦しそうな表情ながらも、ジャスト20分で書き終えた。ノートは川端から中原へと手渡される。

　中原はノートをもらって3分もたたずに、スラスラと続きを書き始めた。絶対ちゃんと読んでないだろうなと呆れながら、芥川は彼の執筆の様子を見守った。

「おらぁ、キュイーン！　ドガガッ！　ダークエボリューション！」

　何やら激しめの効果音や、技名のようなものを叫びながら、中原は芥川へとノートを手渡した。どうもみなで紡いできた小説は、中原の手により闇の進化（ダークエボリューション）を遂げたようだ。手渡された芥川の心中には不安しかない。

「俺はここまでだ。龍介……あとは……任せたぞっ！」

　中原は激しい戦闘を終え、かなり善戦したものの敵を倒すあと少しで惜しくも力付き、味方に後を任せるような表情であった。

「……はぁ。任せられた。」

　一体どんな話になっているのだろうか。不安に思いながら、これまでみんなが紡いできた物語に芥川は目を通す。

　おぉ……さすが森先輩だ。あんな短時間に、想像が膨らむ物語を重厚な文章で書かれている。

　次に、書いたのが谷崎だな……。想像通り、BL展開になってる。すーぐそっちに話を持って行く。

　三番が川端先輩だな……。あぁよかった。これまでの物語を上手くまとめて、純文学らしい話に展開させてくれた。

　そして次が問題の中原である。うん……もう知ってた。こうなるのはわかってたけど、どうしようか――彼の言った通り、物語が完全に闇の進化を遂げている。これまでのみんなが紡いできた時代背景も、世界設定も全て壊して深い混沌へと導いた。

「……っふ。」　

　中原は『ナイスパスだろ？』といった感じでウインクをかました。一発しばいてやりたい感情をぐっと抑え、芥川は鉛筆を握りしめる。

　仕方ない――。小説における禁忌とされる禁じ手で、可愛い後輩である太宰にバトンを紡いでやろう。

　時間ぎりぎりで、なんとか芥川はきりよく書き終わり、最後のバトンを太宰へと回した。

　芥川からバトンを受け取った太宰は、最後までずっと真剣な様子で筆を走らせていた。そして、残り二分といった頃に、太宰は「できました。」と声をあげた。