22『Nutrico et extinguo』
「
目前まで迫りくる虎狼狸の足。腹部を、蹴り上げられた。自分の声かと疑うほどに、情けない苦鳴が漏れた。
「八百八狸が俺に命じたのは、煙野郎の抹消だった。番号すら与えられてねぇ下っ端どもとつるんでな。だが、俺はもうあんな連中が、
──ペテン師ども?
蹴られる。蹴られる。ネイルガンが手を離れた。どこかへいってしまった。涙で視界が
「だから、あの女の誘いに、てめぇを殺す誘いに乗った。あの女の言葉を借りるとすりゃあ志ってモンに従ったのさ。気になるだろう? その女が誰なのか? だが、教えてやらねぇ。それは、とっておきだからな。知ったら、お前は
蹴られる。蹴られる。
また──あの女。
言葉が、一音一音が。意味あるものとして、頭に入ってこない。
「一つ優しい言葉をかけてやるよ。何の罪もない義妹が自分のせいでおっ
ささめは、ねぇ──と掠れた声を絞り出す。
「今、私すっごくビビってるわ」
虎狼狸が、リボルバーを使う気配はまだない。武器のない今、考えなしに奥歯へ仕込んだ
そう、ギノーの糧に。
この苦痛を、この屈辱を、この恐怖を。
今目の前にいる虎狼狸よりも、糧として堪能しているのは誰なのか。
「だって、超絶おっかないのが来てるから」
虎狼狸の顔から、笑みが消失した。
慌てたように、リボルバーのトリガーに指をかけて。
その腕が、曲がらないはずの方向に曲がった。鞘で肘を打ち砕かれたのだ。
抜刀の
虎狼狸の全身が、緋色の霧を
虎狼狸は倒れ、崩れた。
ワンノート〈
シャロが、ささめの傍まで来て屈んだ。手には、一振りの太刀を持っている。もうコクーン体ではない。ささめから吸収した負力によって本来の姿を取り戻したのだ。
「怖い思いをさせたようだ」
「──ちっとも笑えないんだけど」
幽かに、届いたのは。
携帯端末の着信音だった。
※
さっきまで虎狼狸だったコケ
シャロに目をやった。何も言わないし、何を考えているのかもわからない。
エンブレムにゆっくりと親指を乗せて、そっと離す。耳に近付けると、繋がっている気配があった。間違っても声は出さない。これが機能的には普通のスマホだったら、
「誓いの言葉を」
──は?
危うく声を出すところだった。内容に意表を突かれただけじゃない。スマホから聞こえてきた声は、機械のように平坦で、発音がキレイで。どこかあどけない感じの残る──女の子の声だったから。
これが、あの女?
女の子が、小さく息を吸った。
「我は育み我は滅ぼす」
これは──。
「灼熱の炎に育まれしサラマンドラよ。されど鍛冶の神ヴルカヌスは汝の威嚇を怖れず、業火の如き火焔をものともせず、
女の子は、そこまで淀みなく言い終えると、
「誓いの言葉を」
繰り返した。一度目のそれとまるで
心の中で──舌打ちをする。アクセントに特徴はないし、環境音も聞こえない。シャロを見た。誓いの言葉とやらは外国の詩みたいだった。物知りなコイツなら続く言葉を知っているかもしれない。女の子が、もう一度リピートすることを祈りながら、音声出力をスピーカーに切り替えようとして──。
「あなたを──同じ志を持たざる者と認識します」
──あの女の言葉を借りるとすりゃあ志ってモンに従ったのさ。
頭の中に響いたのは、ギターの弦を弾いたような音。
だから、私はネイルガンを自分の右眼に向けた。
眼球を貫いた釘は、
右手に衝撃。はっと我に返ったときには、もうネイルガンはなくて。シャロが、鞘で
「私」
今、何を──。
言葉より先に、手からスマホが消える。代わりに煙草のパッケージがあって、スマホはシャロの手に渡っていた。〈
銀色に鈍く光るウロコめいたもので覆われた、十数匹のオオムカデ。
「シャロ!」
アイツの手に群がって、多分──
私の足許にも、残党が数匹群がりつつある。掌をかざした。〈水火の折〉で絡めとった。オオムカデたちが、激しく全身を
シャロの靴の下に消えた。トドメとばかりに踏み
見上げるアイツの
けど、何かに怯えているような──。
白い手袋にできた虫食いからは、ぽつぽつと黒い煙が漏れ出ていた。
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