21『Divide』

 コンテナの墓場のようなところにいる。コンテナの中身は空っぽか、あるいはゴミ溜めと化していて、ひっくり返せば、弱り切ったゴキブリの一〇や二〇は湧き出てきそうだった。コンテナの表面は、いずれも色の異なるペンキの層が幾層にも重ねられた末、何やら工芸品じみていた。

 ささめは、壁に備え付けられたディスプレイの前で、立ち尽くしている。


 ──今、コイツは何て言った?


 大野木つくしを殺したのは俺ですと青いはだ半纏はんてんを着たギノーが言う。

 誰だコイツは? さっきから誰に向かって喋っている? どうして、つくしがこんなヤツに殺されなければいけなかった?

 一つは──とギノーが口に出した瞬間、ディスプレイが炎に包まれた。ささめの足許にパネルの破片が散乱した。

 ネイルガンを構えつつ、躰の向きを反転させる。

 これ見よがしに肩をすくめる虎狼狸がいた。シャロの読み通り、頭はオオカミからタヌキへと挿げ替えられていた。

「見惚れる相手が違うんじゃねぇのか?」

「ココは、どこ?」

 訊きながら、虎狼狸の右手に目を留める。火球射出器──ドルカス。左手でベルトにつけている空っぽのケースを掴んだ。〈揺蕩の折〉を発動──ケースと引き換えにドルカスをスティールしようとして。

「煙野郎から口の割り方は教わらなかったのかい。お嬢さん」

 虎狼狸が、両手をさっと後ろに隠した。これで、

 コイツ──。

 歯噛みする。〈揺蕩の折〉は視力にるところが大きいワンノートだ。見えていないもの──左右どちらに握られているか確証の持てないものを奪うことはできない。

 左手のドルカスがこちらを向いた。横に跳んで、転がりながらコンテナ同士の間に身を隠す。ちらりと顔を覗かせて。

 虎狼狸は──いない。項の辺りを静電気めいたものが走る。ああ、やはりそういうことか。


 コンテナの──上。


 片足をコンテナにつけて、上に向かって滑走。一見するとヒヒイロゴケはないが、滑走が問題なく使えることはすでに実証済み。垂直に、上り切ったところで靴裏と接していたコケを解放。慣性に従い、ささめの躰が空高く放り出される。眼下には、こちらへ狙いをつけようとする虎狼狸の姿。

 BLEACH──空中でトリガーを引いた。炸裂する爆炎。爆風を背に受けながら、土煙の尾を引きながら、コンテナからコンテナへと飛び移り、逃げる虎狼狸。流石に──直撃はしないか。

 コンテナに着地したささめは、すぐさま床へと跳び下りて虎狼狸を追う。

 ──わかったことがあった。あの静電気めいたものを感じると敵の姿が消える。もしくは近くに現れる。

 ガスマスクの動きは、確かに速かった。しかし、ささめが全く肉眼で追えないときは、大体あの静電気が生じていた。そして、光の立方体がちらついていた。

 あの日──シャロのアジトに強行突破された形跡はなかった。もしかしてアジトに侵入した連中も同じ方法を用いたのか。

 元は配電函だったのだろうか。ガラスの抜けた点検窓からゴミを詰め込まれたそれに身を隠す。慎重に歩を進めて──。


 横殴りの熱風。


 被っていたフードが、煽られて脱げた。一瞬、ちぎれて飛んで行ったのかと錯覚するほどだった。ステップバック。遮蔽物として扱っていたそれが、火達磨になって吹き飛んだ。

 ふと、上を見る。いくつもの火球が、青い塗料に彩られた天井を照らしながら、綺麗な放物線を描いて──。

 榴弾りゅうだん

 滑走を駆使して、直撃を躱す。猛毒の雨の合間を縫う。着弾点の予測はそう難しくない。だが、これは。

 ささめの後方は、燃え盛る壁に阻まれている。あからさまに──逃走経路を絞られていた。

 右手前方にあったガラクタの山が横倒しとなり、進路を塞いだ。砂塵さじんの向こうにトリガーを引こうとして、直感する。

 後ろ。身を低くしながら、完全に躰の向きが変わる前に発砲した。

 ドルカスが、虎狼狸の手を離れる。肘を撃たれた衝撃で、腕が大きく跳ねたのだ。

 虎狼狸は、手近なガラクタの山へと手を突っ込んで──。

 サイドスロー。すぐさま〈水火の折〉を発動。目前に「自動車通行禁止」と記されたバリケードが静止する。それを軽々と跳び越え、殴りかかって来る虎狼狸。ささめは、虎狼狸の脇へと腕を突き入れて──。背中を反らした。勢いを利用して、横転しながら投げ飛ばした。

 空中で身を捻り、四つん這いで着地する虎狼狸。その顔面に──。


 バリケードがヒットした。


〈水火の折〉──時間干渉による"減速"から解放された物体が、然るべき時間の流れに従い、直進した結果だ。

 攻めるなら今。滑走による加速を重ね、声を上げながら放った、渾身の後ろ回し蹴りは。

 虎狼狸が、無造作に払った片腕によって弾き返された。

 PKロール──着地の衝撃を分散し、片膝をついた姿勢のまま滑走で距離をとる。

 SHADOW──虎狼狸が。そう、これは二戦目。一戦目に見せた手の内は、〈揺蕩の折〉の弱点を突いてきたように当然把握されている。だから。


 ささめは、真横の壁を撃った。


 釘状の負力の凝集体は、壁の中を速やかに潜行して、目的地へと向かい。

 虚を衝かれたような面持ちをした虎狼狸の脇腹を、左から右へ一条の光輝となって貫いた。

 走りながら、引っ掴んだ立て札。膝立ちになった虎狼狸の横っ面を、重石の部分で思い切り殴りつける。

 頭からコンテナに激突する虎狼狸。すかさず二重にした〈水火の折〉で包囲する。あらゆる角度から釘を撃ち込んだ。ささめの合図によって黒煙が晴れたが最後、こいつは蜂の巣となる。あとは、あの静電気にさえ警戒すればいい。

「ココは──どこにいるの」

 虎狼狸が、血反吐代わりのヒヒイロゴケを地べたに吐いた。

 静止していたうちの一本が動いて、虎狼狸の耳を奪った。それでも、不敵に笑んでいる。

「本当は気付いてんだろう? 俺が何も知らされてねぇってことに」

 ささめは、顔を顰めた。

「いいねぇ、その顔。どうも俺は足止め喰らって歯痒い思いをしてる奴のつらを見るのが好きらしい。ギノーである以上、それは当たり前のことなんだろうが、中でも俺は──。ああ、あの女の言ってた素質ってのはこういうことか」

「あの女?」 

 そう、あの女さ──と虎狼狸が言った。

 静電気。次いで、背中に硬質なものが押し付けられる感触。

 気付けば、虎狼狸の手が立方体に隠れている。まさか──。

 撃発音の三連発。仰け反るほどの衝撃が走った。前に倒れながら、肩越しにちらと見えたのは。

 立方体から飛び出すリボルバー。ドルカスではないサブウェポンを握った虎狼狸の手。

 手だけを──転移できるなんて。

 どさりという音が、耳に届いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る