第34話 巫女・美智子 拓也に神を説く その4

 拓也たくや美智子みちこの言うことを理解した。


 言霊ことだまか・・・。


 言葉は、人を勇気づけたり傷つける。

諸刃もろはの剣だ。

そういう意味では言葉でさえ注意が必要だ。

神様は言葉より本性ほんしょうがのる言霊ことだまを聞くのか・・。

今まで神に友達感覚で話していたことが怖くなる。


 拓也が考え込んでいる様子を見て美智子は困惑した。

話した内容は決して大げさに話しているわけではない。

しかし、だからといって萎縮いしゅくされても困る。

萎縮した者が話す言霊では、神様に真意が伝わらない。


 「あの、拓也さん・・。」

 「え!! あ、はい? 何?」

 「神様と話すとき、緊張しすぎないで下さい。」

 「?」

 「神様をうやまって話せばよいだけです。」

 「あ、うん・・。」

 「少しずつ、なれて下さればよいかと。」

 「・・・分った。」


 「私から上司に拓也さんの現状を報告しておきます。

 拓也さんに付く巫女がサポートをしてくれるでしょう。

 拓也さんは、巫女のアドバイスに従って下さい。

 そうすれば問題はおこらないと思います。

 あまり悩みすぎないようにして下さい。」

 

 「わかった・・、ありがとう。」


 拓也は力の無い笑顔を美智子に向けた。

美智子は、そんな拓也に柔和な笑顔を向け元気づける。


 「それで先ほどの神社の池の件なのですが。」

 「あ、そうだった・・。」


 「これから話すことなんですけど・・。

 話しに出てくる男巫おとこみこは、神の姿も声も聞けない者です。」

 「え? 俺は見えるのに?」

 「はい、見えて話せる男巫は希です。」

 「そう・・なんだ。」


 「これから話す男巫は、直接神様と話した結果ではありません。」

 「?」

 「もし、神様と直接話した場合の天罰は、この比ではないということです。」

 「え?!」

 「そういう気持で聞いてください。」

 「あ、・・うん。」


 「では、お話ししますね。

 その池は龍神りゅうじん様の池なんです。

 龍神様は昔、その地域の人と約束をかわしたそうです。

 水害をもたらさず、日照りにもさせないと。

 ですから、その池の湧水は枯れること無く村を潤わせたのです。」


 「へ~・・、優しい龍神なんだね。」

 「優しい?」

 「?」


 「龍神様は荒ぶる神でもあるんですよ。」

 「・・・。」

 「確かに、この村の人達に対し約定を守り加護を与えてはいました。」

 「・・うん・・?」

 「詳細はわかりませんが、龍神様は約束による加護を与えただけです。」

 「そう・・なんだ。」


 「村人も、それを勘違いしているようですけど。」

 「・・・。」

 「だから龍神様のおわす池をリゾート地にしても良いと思ったのです。

 人は龍神様との約定の一つを違えたのです。」


 「えっと、それで天罰が?」

 「いえ、龍神様は意外にもそのこと自体は許されたようです。

 約定が無くなるだけだと静観しました。」

 「?」


 「地鎮祭じちんさいという言葉を知っていますか?」

 「え、あ、うん、家を建てるときにする厄払やくばらいでしょ?」

 「違います。」

 「え?」


 「地鎮祭は神様の土地を使わせて下さいと、神の許しを得るための儀式です。」

 「え、神様の許し?」

 「そうです。

 日本は神様の国なのです。

 人は、そこに住わせていただいているのです。」

 「そ、そうなの!」


 「・・・まあ、最近はそれを知らない人が多いのですけど。

 まさか拓也さんまで知らないとは思いませんでした。」


 美智子は残念な人を見るような目をした。

拓也は肩をすぼめる。


 拓也は思った。

だって、そんなこと学校では教えてくれないじゃん。

地鎮祭は一度だけ見たことあるけどさ。

神主さんが敷地に祭壇を作り何かやっているのをさ。

でも、説明なんかほとんどないじゃん。

そして意味のわからない祝詞のりと奏上そうじょうしてさ。

現代用語で祝詞を言ってほしいよね。

そう内心でねた。


 「龍神様は、その地鎮祭に怒ったのです。」

 「え?」

 「地鎮祭を行ったのは、その宗教団体の雇われ神主だったんです。」

 「え? 神主が行ったのに龍神は怒ったの?」

 「ええ・・。」


 そう言って美智子は綺麗な顔をしかめた。


 「雇われた神主の実家は神社だったんです。

 継嗣けいしでなかったため男巫おとこみこをやっておりました。

 そこの神社の習わしで、継嗣以外の男性は男巫になるようです。

 最初は真面目な人だったようです。

 ですが学生時代になにかあり、素行そこうが悪くなったようです。

 そして神様をうやまう気持を無くしたようです。

 彼は地鎮祭の前日、この村に来たのです。

 そして神社に泊ったようです。

 神社は拝殿はいでん本殿ほんでんのみ。

 拝殿は奉納舞ほうのうまいをする舞台を兼ね壁はなく野ざらしです。」


 「え? まさか本殿に泊った、とか?」

 「そうです、畏れ多いことに。」


 「でもさ、出張ならホテル代を出すでしょ?」

 「出てはいると思います。」

 「それじゃあ、ホテル代が惜しくて神社に?」

 「おそらくは・・。」


 拓也はあきれた。

まあ、確かに出張とかするとなるべく安いホテルを探す。

それは会社員のささやかな楽しみとなる。

実費支給なら意味はないが、固定支給ならお金が浮く。

それでお酒を飲んだり、美味しいものを食べる。

それがサラリーマンの醍醐味だいごみだ(?)。


 だが、神社の、それも本殿に泊るか?

バイトとはいえ男巫で、神社の息子なのに。

訳がわからん。

俺でさえ、神社の本殿など畏れ多いと思うのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る