第31話 巫女・美智子 拓也に神を説く その1

 「美智子みちこさんは、猿田彦大御神さるたひこのおおみかみが去ったことがわかるんだね?」

 「今日だけですけどね。」

 「今日・・だけ?」

 「え?・・、もしかして私達巫女と神様との関係を知らないのですか?」

 「え? うん、良くは・・。」


 美智子は口をつぐんで拓也たくやの顔をジッとみた。

そして、何かを納得したようだ。


 「拓也さん、私達巫女は一柱の神様に仕えているんです。」

 「え? 一人、いや一柱ひとはしらの神様だけ?」

 「はい。」

 「それって・・、八百万やおよろずの神様のうち一柱だけということ?」

 「そうです。」


 「でも、1つの神社に多数の神様がいるよね?」

 「ええ、鎮座していらっしゃいます。」

 「他の神様へは奉仕しないの?」

 「あの・・、もしかして一般の神社の巫女と勘違いしていませんか?」

 「え? あれ、違うの?」

 「ええ、違います。」

 「そう・・なんだ・・。」

 「一般の方は一柱の神様に仕えるというと変に思うかもしれませんね。」

 「一般? そうだね、俺は神社関係者じゃないからね・・。」


 「あ、ごめんなさい。

 変な意味で言ったのではないんです。

 神社にいにしえから関連している人が特殊なのです。」

 

 「うん、それはなんとなく分かってきたんだけどね。」


 「それでは、私達の話しをしますね。」

 「うん。」

 「私や弥生は普通の神社の家で生まれた巫女でした。」

 「え? 普通の神社?」

 「はい。普通の神社の巫女は、複数の神様にお仕えしております。」

 「そうなんだ・・。」


 「ただ私達は生まれた時から、霊感というか霊力があったんです。」

 「・・・。」

 「その能力で神様とお話しができ、御神託を授かる身となったのです。」

 「・・・。」


 「神様には個々の色があります。」

 「色?」

 「仏像の光背こうはい(※1)をご存じですか?」

 「え? あ、はい、仏像が背中に背負っているしょっているやつでしょ?」

 「ふふふふふ、背負っているように見えますか?」

 「え? 違うの?」

 「あれは仏様が放つ光を表しているんです。」

 「?」


 「仏像毎で光背のデザインが違うように、神様にも固有の光、波長があるんです。」

 「・・・。」

 「神様と話すということは、神様と同じ波長をもたないと話せません。」

 「もしかして・・。」

 「はい、人が神様と同じ波長をまとうのは至難の業なんです。」

 「なるほど・・。」


 「生まれながらに授けられた霊力・・。

 これも波長といえるのです。

 その波長が、神様の波長と合うと会話ができます。

 会話と言っても普通は一方的に神様からのお言葉、御神託です。

 そして、人の霊力、すなわち波長は揺らぎます、不安定なのです。

 揺らぐとご神託が聞けなかったり、正確にお言葉を聞けません。

 修行は、自分がまとう波長の揺らぎを抑えるための訓練なのです。」


 「そうなんだ・・。」


 そう言って拓也は考え込む。


 「?」

 「あのさ、霊能力があり安定した波長が纏えれば・・。

 そして神様と同じ波長ならば、だけどさ、

 誰でも神様と話せるということかな?」

 

 「いいえ、できません。」

 「え?」

 「不思議なことなのですが、そのように考えた人がいます。

 でも、実際に修行をして安定した波長を纏えてもだめでした。

 神様が決めた人以外は、波長を纏っても無意味のようです。」


 「そうなんだ・・、だから美智子さんのような巫女じゃないとだめなんだ。」

 「え?」

 「たぶん、心が清らかで神を畏怖するピュアな人しか神様は認めないんだね。」

 「心が清らか・・で、ピュア・・、わ、私がですか!」

 「うん、そうだけど?」

 「え?! だって・・。」

 「俺はそう思うけど?」

 「・・・。」


 美智子は顔を真っ赤にして俯いた。

俺、何か変な事、言ったかな? と、拓也は首をひねった。

まあ、いいか、と、拓也は話しを続ける。


 「じゃあさ、弥生やよいさんが複数の神様と話せるのって・・。」

 「あの子は特別なんです。」

 「?」

 「あの子だけ、色々な神様の声が聞けるんです。」

 「・・特別?」

 「はい。」

 「特別か~・・。」


 「拓也さん、貴方もですよ?」

 「え? 俺が?」

 「ええ・・、だって、猿田彦大神様と話しているでしょ?」

 「えっと・・話しているといえばそうかな・・。」

 

 「いいですか、拓也さん・・。

 私たちは生まれ持った霊能力と、小さい頃から神様の声を聴いています。

 拓也さんは成人されてから聞いていますよね?」


 「え? あ、うん。」

 「成人してから神様の声を聴いたという話は聞いたことがないです。」

 「ええええ! 嘘!」

 「嘘を言ってどうするんですか?」


 美智子は真面目な顔で答える。

そしてさらに美智子は疑問を口にした。


 「拓也さんのように神社関係者でない人が男巫おとこみこになるのも初耳です。」

 「そう・・なの?」

 「はい。」


 「あの・・、じゃあ、なんである日突然、神様は俺を男巫に指名したのかな?」


 「私に分かるはずがないじゃないですか。

 私が知りたいです。

 神様の御心は、人などに分かるはずありません。

 畏れ多い考えです。」


 美智子は真顔で拓也に答えた。

拓也も、それもそうかと納得する。

ならば聞かなければよいものを。


 拓也は話題を変えることにした。

猿田彦大神から、神を怒らせるな、と二度も言われている。

(本人は自覚がないのだが・・。)


 怒らせるとどうなるんだろう?

あまり聞きたくない、とも、思う。


 「ところで美智子さん、神様を怒らせた男巫を知っている?」

 「私の知りあいではいませんが、過去にあったことは聞いています。」


 あ、神を怒らせた先輩がいるんだ・・。

俺だけではないんだ・・、いや、俺はまだ怒らせてはいないか・・。


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参考

 ※1 : 光背 (こうはい)

 仏像彫刻で背に光を表したもの。

 不動明王など火炎の光背などもある。

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