第29話 謎の巫女 : その2

 「ご、ごめん! 俺さ、女性は苦手なんだ・・、それも美人は。」

 「!?」


 「えっと・・、だから目を合わせないで話すかもしれない・・。」

 「え?、あ、はい・・。」

 「だから、そういう奴だと思って気にしないで欲しい。」

 「・・・はい・・、分かりました。」


 美智子みちこは顔を赤らめながら頷く。


 「それで、今日はどういう用件で来てくれたのかな?」

 「はい、先ほど述べた千曲川ちくまがわ氾濫はんらんの件です。」

 「うん・・・。」

 「弥生やよいが千曲川氾濫を調査して原因を突きとめました。」

 「え?」

 「拓也たくやさんが埋めたなんですけど・・。」


 この言葉に、拓也は身を固くした。 


 「どうやらが形を崩したり、流されたようです。」

 「えっ!・・、どういうこと?」

 「あの赤野田川あかのだがわは定期的に地域の人が草刈りなどをしているようです。」

 「まさか、定期的にあの川の中に入って?」

 「いえ、普段は川の中までしていないようです。」

 「?」


 「今回に限り、川の中のせりを全部抜いたそうです。」

 「え? あの綺麗きれいな芹を?」

 「はい・・、堤防ていぼう除草じょそうの一環としてやったようです。」

 「え? でも、芹って川を綺麗にする効果とかあるし、食べられるよね?」

 「そうですね・・、私もそう聞いたことはあります。」


 「しかし、なんで芹を川に入って排除する必要があったの?」

 「そこまでは調査していないのですが・・。

 もしかしたら国、または県から堤防の除草をすると手間賃が出るからでは。

 国や県に出す証拠写真として、芹があるときと無いときで一目瞭然いちもくりょうぜんですから・・。」


 「そんな事で、せりを抜いたのか!」

 「あ、いえ、私の推測ですよ?」

 「しかし、芹を抜くことが河川の保護と思うなんて馬鹿げている。」

 「・・あの・・、私にいわれても、その・・。」

 「あ、ゴメン、君に言っているわけではないんだ。」

 「あ、いえ・・、でも私も同じ気持ちです。」


 「うん、で、せりを抜くために多数の人が川に入り歩き回ったんだね。」

 「はい・・、の埋まっている場所を踏みつけたと思います。

 それにより千切れたり、芹をぬくときに一緒に出てしまい流されたかと・・。」


 「なるほど・・。」

 「ですから千曲川ちくまがわ氾濫はんらんは拓也さんのせいではありません。」

 「・・うん。」

 「よかった、誤解が解けて。」

 「これで、猿田彦大御神さるたひこのおおみかみの言った意味もわかったよ。」

 「え?!」


 「あ、いや、あの神様がさ、俺に言ったんだ。」

 「・・何ておっしゃったのでしょうか?」

 「千曲川の氾濫については、人が考えるべきだと・・。」

 「・・そう、言われたんですか?」

 「うん、でもさ、なんで弥生さんは俺に謝罪をしようとしたの?」

 「それは・・、冷たい川の中で作業してもらったのに無駄になったと。」


 「・・・それを言うんだったら弥生さんの方に謝罪が必要じゃないかな?」

 「え?」

 「あのに念を込めてフラフラになっても愚痴一つ言わない。

 すごいだと俺は思う。

 そんなにしてまで弥生さんは頑張ったのに・・。

 芹を排除して川底を歩き廻った人は、弥生さんの苦労は知らない。

 まあ、言わなければ分かりようはないとは思うけど、ね。」


 そう言って拓也は拳を握った。

 「でも、それじゃ、君達巫女がむくわれ無いじゃないか!」


 拓也は怒っていた。

人々のために厳しい修行をし、神に仕え、そして人知れず御神託ごしんたくに従う巫女みこ

そんな巫女の努力を一般人は知らない。

知らない上に、巫女の努力を無駄にする。

確かに、一般の人に知らせていないから無理は無い。

ないのだが、どうにもやるせない。


 そんな拓也を見て美智子は目を見開いた。

自分達のために怒ってくれている姿に。

やがて、美智子の目からしずくあふほほらした。


 美智子はくちびるを少し軽くんだ。

そして口を開いた。


 「あ・・、あ、ありが・・、有り難う・・ございます。」


 そう言って両手で顔を覆って美智子は泣き始めた。

拓也は、その様子を見て一瞬、何が起こったか分からなかった。


 「あ、あれ? あ、美智子さん?」

 「・・・。」

 「ご、ゴメン、俺が悪かった。」

 「・・ぐすっ・・、なんで・・、ぐすっ、あやまる・・んで・・すか・・。」

 「あ、いや・・、その、悪い・・。」


 拓也はどうしていいか分からず、オロオロ、アタフタとしていた。

閑静な神社の境内で、美智子のすすり泣く声だけが流れる。

しばらくして、ようやく美智子は泣き止んだ。

泣き止むと顔をあげ、潤んだ目をしたまま拓也に微笑んだ。


 美智子の柔らかな笑顔に、拓也は思わず見とれてしまった。

そして、ハッとする。

拓也は、あわてて視線を外した。


 そんな拓也を見て、美智子は微笑ほほえみを深くした。

拓也に話しかける。


 「すみません、取り乱して。」

 「あ、いや、そんなことは・・ない、よ・・。」

 「ありがとうございます。」


 「落ち着いた?」

 「はい。」

 「よかった・・。」


 「それで、もう少し報告があります。」

 「?」

 「今回の千曲川の氾濫は、もう一つ要因があります。」

 「え?」


 「千曲川にもを埋めてあったのです。」

 「?」

 「そのも壊されたんです。」

 「え!?」


 「千曲川の流れを変えるための工事でしょうか、重機で川底をくったようです。」

 「・・・。」

 「その時、も壊されたり、流れてしまったようです。」

 「そんな・・、そういう偶然が重なった・・と。」

 「ええ・・。」


 「官公庁で工事の情報とか、調整はとれないの?」

 「残念ながら・・。」

 「・・・お役所仕事とか、縦割り行政とかいうやつ、かな?」

 「はい・・たぶん。私の上司も怒り、こぶしを机に叩きつけ捻挫し、病院に行きました。」

 「へ?・・、あ、うん、いい上司だね。」

 「ええ、上司も縦割り行政を嘆いております。」

 「それじゃあ、ご愁傷様しゅうしょうさまと伝えておいて。」

 「え?」


 そういって美智子はポカンとした後、吹きだした。

そして・・


 「分かりました、伝えておきます。」

 「え! 伝えるの?!」

 「いえ、冗談です。」


 そういうと拓也と美智子は互いの顔をみて笑った。

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