第28話 謎の巫女: その1

 拓也は謎の巫女と会社を出ると駅の方に向って歩いた。


 「あの、お昼はどうしますか?」


 「拓也様はどうなさいますか?」

 「え?」

 「?」

 「あ、えっとさ、様付けはやめない?」

 「え、そう・・ですか?」

 「うん、呼び捨ては困るけどね。」


 「拓也さんでよろしいでしょうか?」

 「ああ、それでいいよ。」

 「はい。」

 「俺は食欲ないんだけど、君は?」

 「それでしたら、すぐそこに神社がありますから・・。」

 「ああ、あそこに見える神社ね。」

 「はい。」


 二人で、神社まで無言で歩いた。

神社は、高層ビルに囲まれた狭い敷地に建っている。

入り口以外はビルの壁で囲まれていた。

そのため入り口以外から神社の中を見られることはなさそうだ。

不思議と神社には誰もおらず、通りを歩く人も入る様子がない。


 「結界を張りましたので、人は此処ここには入れません。

 それに神社の外には私達の話し声は聞こえないので安心して下さい。」


 「え? あ、そう・・。」

 「申し遅れました、私は弥生と同じ部門の者です。」

 「弥生さんと?」

 「はい。 新道しんどう 美智子みちこ と、言います。」

 「で、新道さん、何か用事?」

 「あ!」

 「え? な、何?!」

 「いえ、あの・・、私、拓也さんを名字でなくお名前で呼んでしまいました。」


 拓也はポカンとした。

そして、思い至ったのか左手を開いて、右手をこぶしに左手をポンと叩く。


 「あ、そう言えば、そうだね。」

 「あの・・、すみません。」

 「いや、別にかまわないけど?」

 「え? でも・・。」

 「そんなに気を遣う必要はないからさ。」

 「えっと、では私も名前で呼んで下さい。」

 「え? いいの?」

 「はい。」

 「わかった、でもさ、そういえば何で俺を名前で?」

 「あの・・、それは弥生から色々と聞かされていて、つい・・。」

 「げっ!」


 拓也の思いもかけない ゲッ! という発言に美智子はギクッとした。


 「あ、ごめん・・、その、弥生さんなんだけどさ・・。」

 「え? はぃ・・。」

 「何か、俺のこと言っていた?」

 「はい?」

 「いや、色々と聞かされたみたいだけど・・・。

 ま、まぁ、たしかに弥生さんには迷惑をかけているし、

 足を引っ張っているし・・、

 話しがたぶん合わなかっただろうし・・、

 あんな美人に不釣り合いな俺じゃ何かと困っただろうし・・、

 それから・・えっと・・。」


 拓也のネガティブな羅列を聞いて、美智子は笑いだした。


 「あはははははは、何ですか、それ!」

 「へ?」

 「だって・・、くくくくく、ひひ・・く、くるひ・・た、助けて!」


 美智子はお腹を抱えてしゃがみ込んで悶えた。

拓也はそんな美智子を見て、ポカンとした。


 「あれ? 俺、変なこと言った?」

 「キャハハハ、や、辞めて! は、話しかけないで!」


 美智子は涙を流しながら、呼吸困難に陥った。

拓也はどうしようもなく、呆然とする。


 そして5分後・・やっと美智子は収まった。


 「ゴホッ、ゲホッ! あ、ああ、苦しかった・・」

 「あのさ・・」

 「ご、ごめんなさい、あまりにも可笑おかしくて・・。」

 「・・・。」

 「弥生が不思議な人だと言っていた意味がわかった、うん!」

 「・・・。」


 一人、美智子は納得したようだ。

拓也は、その様子を見て釈然としなかったが、突っ込むのはやめた。


 「ところでさ、今日はどういった用件?」

 「あ、ごめん忘れていた。」


 拓也は心の中で突っ込む。

をぃ! 重要な事、忘れんなよ、と。


 「拓也さん、弥生と長野市の長田神社ながたじんじゃに行ったでしょ?」

 「あ!・・やはり・・。」

 「え? やはり?」

 「うん、俺、何かやらかして失敗したんでしょ?」

 「え?」

 「長野市の千曲川が氾濫したのは俺の手違いなんでしょ?」


 拓也のその言葉に、美智子は固まった。


 「すまない・・、弥生さんにも謝らないと・・。

 いや、違うな、被害にあった人達になんて謝ればいいんだろう・・。」


 「違う! それは違う!」


 突然、美智子が必死の形相をして、拓也の言葉を遮る。

その様子に拓也は、思わず言葉を飲み込んだ。


 「拓也さんは何も失敗していない!」

 「え?」

 「私は、弥生の代わりにあやまりにきたの。」

 「?」

 「本当にごめんなさい・・。」


 深々と頭を下げる美智子に拓也は一瞬、目を見開いた。

そして、ハッとして美智子に声をかける。


 「ちょ、ちょっと美智子さん、俺に頭を下げなくていい!」


 その言葉に、美智子は頭を下げたまま、ビクン! と、震えた。


 「あ、ごめん、大声を上げて・・。」

 「いえ・・・。」


 美智子はまだ頭を上げない。


 「あのさ・・頭を上げてくれない?」

 「でも・・。」

 「お願いだ、上げてくれ。」


 美智子はすまなそうに頭を上げた。


 「あのさ、俺、弥生さんが謝る理由がわからない。」

 「え?」

 「弥生さんのような人が、間違いや失敗をするとは思えない。」

 「・・・。」

 「あんなに神様を尊敬し、真面目で、責任感のある人が。」

 「拓也さん・・。」

 「仮にだ、なにかあったとしても弥生さんのせいだと思えない。」

 「・・・ありがとうございます・・。」


 美智子はジッと拓也の目を見る。

拓也も美智子の目をジッと見つめた。

しばらく互いに目をそらそうとしなかった。

拓也は目を反らすと自分の思っていることが伝わらないと思ったからだ。


 だが、やがて拓也は目を反らした。

耐えきれなくなったからだ。


 「あの・・拓也さん?」

 「ご、ごめん! 俺さ、女性は苦手なんだ・・、それも美人は。」

 「え!」


 美智子は目を見開いて拓也をさらにジッと見つめ・・・

やがて顔を真っ赤にして視線をそらせた。

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