第27話 台風被害・・え?

 翌年の2月下旬、台風が日本列島に上陸した。


 台風が上陸した日、拓也たくやは会社の早退指示に従った。

なんでも強風による交通機関の停止や安全のためだそうだ。

これ幸いとばかりに自宅に帰ることにした。

しかし、すでに台風の影響か駅はごった返していた。

会社を出たのは15時、自宅に戻ると19時をまわっていた。

アパートに辿り着くと、疲れ果てていた。

気分転換もかねて、すぐに風呂に入る。

明日は休むことにしてある。

休日返上で行った仕事が今日片づいたため代休を取ったのだ。

風呂から上がると、ビールを一気飲みし、その日は寝てしまった。


 翌日、昼頃に目をさました。

良い天気だ。

台風は去ったようだ。

今日は、台風一過というところだろうか・・。

すがすがしい気持ちでベットから降りリビングに向った。

そしてTVをつけた。

TVでは、ニュース速報が流れていた。


 TVは見ずにキッチンに向う。

拓也は冷蔵庫から缶ビールを出し、蓋をあけてグビリと一口飲んだ。


 「たまらん! 朝から呑むビールは。」


 そう言うと冷蔵庫からツマミになりそうな物を物色した。

そして、ビールと、ツマミを持ってリビングに戻り炬燵に入る。

そしてTVのリモコンを手に取った。

ニュース以外の番組を見ようと他のチャネルに切替える。

しかし、どのチャネルも台風被害の情報だった。


 「あちゃ~・・、どのチャネルも特番かよ・・。」

そう呟いて、未練がましくチャネルを変え続け、やがて諦めた。

仕方なく、ぼんやりとニュースを見る。


 すると長野県長野市で千曲川ちくまがわ氾濫はんらんした映像が写し出される。


 「えっ! 長野市で台風による河川かせんの氾濫で被害って!?・・・。」


 そうポツリと呟いて、ニュースを食い入るように見た。

拓也は信じられなかった。

去年の暮れ、長野市で行った御神託ごしんたく無駄むだだったのだろうか?

とかいう、人の形をした紙を川に埋めてきたのに・・。

確か、あれで台風被害が避けられると言っていたはずだ。


 拓也は何も無い空間を見て話しかけた。


 「なあ、神様、聞こえてる?」

 「・・・。」

 「聞こえているんだろう? 耳が遠いのかな?」

 「耳が遠いはずはなかろう。」

 「あ、やっぱり聞こえてんじゃん。」

 「神を気安く呼ぶでない。」

 「あ、ごめん。」


 「で、何用じゃ?」

 「ねえ、俺と弥生やよいさんがおこなった御神託ごしんたく無駄むだだったのかな?」

 「はて、何のことだ。」

 「台風で長野市に千曲川の氾濫が出たみたいだけど?」

 「それか・・、お前がおこなったことは有用だったはずじゃ。」

 「え? じゃあなんで千曲川は氾濫したんだ?」

 「それは人の子が考えることじゃ。」

 

 「それって・・どういう意味、神様?」


 「あれ? 神様!」


 猿田彦大御神さるたひこのおおみかみは、その日、もう拓也の声にはこたえななかった。

拓也には何が何だか分からなかった。


 「俺がやったことは有効だったけど、千曲川は氾濫した?・・。

 理由は人の子が考えることだって、どういう意味なんだろう。」


 ニュースは長野市の千曲川の堤防ていぼう決壊けっかいをする様子を繰り返し放映している。

拓也はTVを消した。

災害のニュースを見ていると、何か自分が原因で起こったように思えたのだ。

拓也は頭を抱えた。


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  その翌日、拓也は重い気持ちで出社した。

昨日は千曲川ちくまがわ氾濫はんらんの原因が気になり、ほとんど寝られなかった。


 出社したものの仕事にならず、昼休みまであと少しという時だった。

自席の電話が鳴った。


 受付からの電話だった。

面会の人が来ているという。

ただ、面会に来た人の名前も、会社名も聞いたことはない。

不審に思いながらも、しかたなく受付に向った。


 受付に行くと拓也はこれ以上目を見開けない程、見開いた。

受付にいたのは巫女みこだった。

その巫女は拓也を見ると、優雅にお辞儀をする。

拓也も慌ててお辞儀を返した。


 しかし拓也は、この巫女は知らないし会ったこともない。

何か嫌な予感がした。

もしかしたら、あの長野市の千曲川氾濫についてかもしれない。

自分のミスについての報告ではないかと思えた。

背筋にいやな汗が流れ落ちる。


 拓也は巫女のそばに行き、用件を聞こうとした。

すると巫女は目線でそとを示す。

ああ、ここでは話せないということか・・。

そう察して、拓也は外に出ようとした。

すると、背中に受付嬢の視線を感じた。


 それもそうかと思った。

巫女装束の子が会社に訪ねてくるなどあり得ない。

いったい何事かと思うのが普通だ。

仕方なく、拓也はきびすを返すと、後ろにいた巫女に小声で聞く。


 「あのさ、受付で何て言った?」

 「禰宜ねぎ総合商社から来たと。」


 拓也は、その言葉を聞いてポカンとした。

そして、その直後、拓也は吹きだした。

いかにも神社の人らしい会社名を考えたものだ。


 拓也は苦笑いしながら受付に戻る。

受付嬢に仕事の打ち合わせで外に出るというジェスチャーをするために。


 「悪いけど電話借りるね。」

 「どうぞ。でも綺麗な人ね。」

 「ああ、ちょっとランチをかねて外で打ち合わせをしてくるよ。」

 「それにしても、スーツといい物腰といいエリートという感じね。」

 「スーツ?」

 「うん、ブランド物の高級スーツを颯爽と着こなしているんだもの。」


 拓也は後ろを振り返り巫女を見た。

巫女装束みこしょうぞく姿だ。

どう見てもスーツには見えない。

しかし、受付嬢には高級なスーツに見えるようだ。


 神様、すごい! と、思わず思った。

できれば、おれも、そんな巫女装束が欲しい。

そう、切実に思った。

思ったのだが・・

自分が巫女装束を着た姿を想像し・・、

気持ち悪い、と素直に思った。

巫女装束はあきらめることにした。


 受付嬢は拓也に話しかける。


 「でも、拓也さんと着ている物が合わないわよね。」

 「へ?」

 「まあ、見た感じ、うちと釣り合う会社じゃなさそうね。」

 「え、あ、そう? まあ、そうかもね。」

 「一緒にいると会社社長令嬢と、平社員そのいちという感じね」

 「うん、そうだね、ありがとう。」


 そういうと受付嬢は笑った。


 拓也は受付の電話を借りると、自分の部署に電話にかけた。

電話に出た同僚に適当な事を言って電話を切る。


 「じゃあ、ちょっと外に行ってくるね。」

 「うん、まあ、不釣り合いだけどファイト!」


 はぁ、この受付嬢は・・・。

性格は悪くないんだけどね。


 それにしても、美人の受付嬢が、巫女のことを綺麗だという。

そして確かに美人だ。

誰だか知らないけどね。

ただ、問題がある。

俺、女性と話すの苦手なんだよな。

それも美人となるとなおさらだ。

俺のミスを指摘するなら、手紙かe-mailでいいと思うんだけど・・。

そうお願いしようか?

あ、いや、それはもう来ている彼女に向かっていうのは可笑おかしいか・・。

はぁ~・・。

なんで、男をよこさないんだろう・・。


 そう考えながら巫女のそばに行った。

巫女はげんなりした顔の拓也を見て、すまなそうな顔をした。


 「あの・・、今日来たのはご迷惑でしたか?」

 「あ、いや、そんなことはないよ。」

 「そうですか?」

 「ああ、気にしなくていいよ。」


 二人は会社の外に出た。

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