第23話 弥生からの教育的指導・・

 弥生やよいあは困ってしまった。

拓也たくやが神様に対し、無礼だったからだ。

ただ、拓也を怒る気持ちにはなれなかった。


 神社関係者でなく神様をあまり理解していない者に、神様を畏怖いふせよと言ってもわかるはずがないと考えたからだ。

神様とは決して人間に対して優しいわけではない。

いや、優しいのだが個人に対してはなんとも思わないものだ。


 拓也をこのままにしておくと神様の怒りを買うだろう。

さて、どうしようかと弥生は考え、すぐに行動に移した。


 「稲荷大明神いなりだいみょうじん様、申し訳ございません、ちょっと男巫おとこみこと二人でお話させてくださいませぬか?」

 『うむ、よかろう。』

 「ありがとうございます、ではすこし御前を外させていただきます。」

 『あい分かった。』

 「拓也さん、ちょっと来ていただけますか?」

 「え? あ、はい。」


 拓也はちょっと不味いことをやってしまったらしいと反省した。

それも年下の高校生ぐらいの巫女に諭されてだ。

なんとも情けないような気分になった。


 弥生は稲荷神社から離れ、拓也がタクシーを降りた場所まで歩いた。

拓也は、大人おとなしくついて行った。


 「拓也さん、あの・・」

 「ゴメン! 君にも神様にも迷惑をかけた!」


 拓也は素直に頭を下げて謝った。

それに弥生は焦るあせる


 「あ、あの、あ、頭を上げて下さい!」

 「でも・・。」

 「こ、困ります、こんな所を人に見られたら・・。」


 その言葉に拓也は慌てて周りを見渡す。

周りには誰も居なかった。

しかし、弥生は両手を胸の辺りで、アタフタと振っている。

その様子を見て、拓也は困惑する。


 「あ、あの・・・弥生さん?」

 「た、拓也さん、私は貴方を叱るためにここに連れてきたのではないのです。」

 「はぁ・・?」

 「すこしだけ神様についてお話させて下さい。」

 「え? うん・・。」


 「神様は人間に対し、どのような存在だと思われますか?」

 「え?」

 「拓也さんが思っている神様は?」

 「あ・・、えっと、元旦に神社に行ってお願いをするとかなえてくれる人?」

 「・・・」

 「それと交通事故や災厄から守り、安産をさせてくれる人?」


 弥生は左手で、こめかみを押さえた。

そうか・・。

猿田彦大御神様は、この人の教育を全然してない・・。

神社関係者でない者を神様が直接男巫に任命しているのだ。

考えてみれば、神様が自分で選んだからといって、教育などするわけがないか・・。

私が気がつくべきだった。

上司への報告にも、これをあげるべきだった。

弥生は少し、自己嫌悪に陥った。


 「あ、あの弥生さん?・・」

 「あっ、ごめんなさい・・。」

 「えっと、俺、なにか間違っていた?」


 弥生は拓也に気がつかれないようにそっと溜息を吐いた。

そして深呼吸を一度だけ拓也に気がつかれないようにする。


 「神様をあまり待たせる訳にはいきませんので簡単に説明します。」

 「う、うん・・。」


 拓也は弥生が姿勢を正した姿を見て、自分も姿勢を正す。


 「最初に神様は怖ろしいということを理解して下さい。」

 「え、あ、うん・・、男巫を辞めさせられたら不幸になることは・」

 「いえ! 違います。」

 「へっ?」

 「もし、神様に失礼を働いて、神様がお怒りになれば大変なこととなります。」

 「?」

 「拓也さんの言葉で神様が機嫌をそこねたら、御神託が降ろされず自然災害に人はあいます。」

 「え? 俺のせいで?」

 「はい。」

 「・・・。」


 「それから、神様は個人の意見は基本的に聞きません。」

 「あ! そういえば・・。」

 「思い出していただけましたか? 以前、お話をしたと思います。」

 「あ、・・うん。」

 「神様は個人の人間には興味ありません。人々の幸せは気にかけますが・・。」

 「うん・・分かった。」

 「そして神様は、別に信心の無い人々を率先して助ける義務も何もありません。」

 「・・・。」

 「たまたま神様が地球を、日本を、そして人を造っただけです。」

 「・・・。」

 「もし、人があまりにも愚かなら助けません。」

 「・・・。」

 「御神託は、神様がまだ人を見放していないあかしなのです。」

 「・・・。」


 「ご理解していただけましたか?」

 「あ、うん・・。」

 「神様に接するときは、失礼のないようにして下さい。」

 「わかった・・、けど・・」

 「けど?」

 「俺さ、謙譲語とか敬語とか無理。」

 「?」

 「あ、だから、言葉使いができないってこと。」

 「あ、それを心配しているのですか?」

 「え? そういうことじゃないの?」

 「違います!」

 「へ?」


 「神様は言葉使いは確かに気にしないといえば嘘になります。」

 「?」

 「それよりも神に接する態度です。」

 「?」

 「神様を信じなかったり、神様の言葉を軽んじる態度です。」

 「え? おれ、そんなことをした?」


 弥生は再び左手でを押さえた。

そして手をから離し、ゆっくりと頭を振った。

その様子をみて拓也は焦った。


 「え? 俺、神様を軽んじた?」

 「はい。」

 「?」

 「拓也さん、御神託をできればやりたくないと思いませんでしたか?」

 「あ!・・。」

 「神様は人々のために御神託をおろすと言いましたよね?」

 「・・はい。」

 「その御神託を面倒だとか、聞きたくないとか思うという意味、わかりますか?」

 「・・はい。」


 「もし、今後、御神託をしたくない場合は猿田彦大御神様に断って下さい。」

 「あ、いや、しかし、それは・・。」

 「大丈夫です。私が猿田彦大御神様を説得しますから、断って下さい。」

 「・・・。」

 「ただ、今回だけは、すみませんが私と一緒におこなって頂けませんか?」

 「え? あ、それは、はい、真摯に行います!」

 「よかった・・。」

 「え?」

 「今回の御神託は私一人ではできないようです。」

 「そう・・なの?」

 「はい。ですので、よろしくお願いします。」

 「いえ、こちらこそ!」


 そういうと弥生はホッとしたのか、柔らかい笑顔を向けた。

拓也はその笑顔に見とれた。

巫女装束で、この笑顔、破壊力は半端ではない。

かなり内心はアタフタとしたが、なんとか自分を抑えた。

俺って偉い! と、また自分を褒めた拓也だった。

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