第21話 長田神社

 長野県長野市若穂町わかほまち長田ながた神社がある。


 この神社の参道は400m程ある。

地方にしては長い参道で、参道の両側にあるけやきは大木で来た者を圧倒する。


 この参道の中間付近に保科川が横切って流れている。

この川は差ほど大きくはないが、氾濫があるらしく土手が築かれている。

そのため参道は土手により坂道となり、小さな橋がかかっていた。


 この橋は人が一人通れる位の小さな橋だ。

高さは川面かわもまで2m程だろうか・・。

水量はさほど多くない。


 この小さな橋を、寒風の中、巫女装束を着た女性が渡っていた。

寒空に巫女装束で歩いたら、さぞ寒いであろう・・。

しかし、その巫女は全く寒さを感じていないようだ。

凜とした姿で迷い無く歩いている。


 この橋を渡り欅並木を200m程歩くと長田神社に着く。


 巫女は橋を渡り終えると、土手で坂道となっている参道を降りはじめた。

そして平らなになった所で立ち止まる。

巨大なけやきを見上げた。

欅は寒空に葉を落とした無数の枝を天に広げている。

そして、その合間に澄んだ冬の青空が見える。


 「大きな欅ね・・。」


 そう呟いた。

周りに住宅があるというのに、参道は人気がない。

欅並木が静謐をたたえているようだ。


 巫女は暫く欅を見上げていたが、やがて長田神社に向い歩き始めた。

長田神社の手前の道は菅平高原に続く道で、車がたまに横切っていく。

道路を渡り、舗装されていない駐車場らしき空き地に入る。

そこには小さな小川が横切っていた。

その小川にかっている小さな石の太鼓橋を渡り幣殿へいでんへ向った。


 そして幣殿で祭神である天照皇大神様、豊受姫神様に祈りを捧げる。

その後、先ほどの小川まで戻った。


 「もう、そろそろ来る頃ではないかしら・・。」

そう巫女は呟いた。


 それから5分程経った頃、一台のタクシーが神社の前で止った。


 タクシーの中に居た男は運転手に料金を払っている。

やがてドアが開き、男は降りてきた。

タクシーのドアが閉まり走り去った。

男は走り去るタクシーを見ながら独り言を呟く。


 「はぁ~・・、なんで駅の近くとかにないのこの神社・・。

バスも1時間に1本なんてさ、待ってらんないよ・・。

神様もケチで交通費くんないし、ぜったい疫病神だよ、あの神様。」


 そう言って男は神社に向おうとして、目の前にいる巫女に気がついた。


 「えっ! 弥生やよいさん? あれ、なんで?」

 「え? 猿田彦大御神さるたひこのおおみかみ様からお聞きではなかったのですか?」

 「え、ええ・・まぁ。」


 すると猿田彦大御神が声をかけてきた。


 『別に教える必要もなかろう?』

 「って、神様、普通、お仕事をする時、どんな人とやるか教えるでしょ!」

 『お前、弥生は知っているであろう?』

 「あ、いや知っているけど・・、いや、そうじゃなくて!」

 『うるさいやつよのう、今、分かったから問題ないであろう?』

 「・・・」


 拓也は、ため息をつくと空を仰いだ。

ああ綺麗な青空だ。

そう現実逃避してみる。


 「あの・・拓也さん?」

 

 弥生の言葉に、はっとして、弥生に顔を向けた。


 「ご迷惑でしたか?」

 「あ、いや、そうじゃなくて、その、今回の仕事はもう少し年寄りの巫女かと・・。」

 「あの、私では御神託を行うのが不安でしょうか?」

 「あ、いや、そんなことはないです!」


 拓也は弥生の言葉に焦った。

弥生のような美人と仕事をしたくない男なんているはずがない。

ただ、美人といると落ち着かないので、そうじゃない人がよいと思っただけだ。

そのことを言ったつもりが、弥生とは仕事をしたくないと思われた。

慌てて、ブンブンと勢いよく首をふって否定するとともに、大声でも否定する。


 そのあまりの様子に、弥生は一歩後ずさった。

その様子を見て、またしても拓也はしまったと思った。


 「え、あ、いや、ごめん、大声を上げて・・。」

 「あ、いえ、すみません、つい、大声に驚いてしまいまして・・。」


 『これ、なにをジャレておる?』

 「ジャレてなんかいないって! 神様、空気読めよ!」

 『空気に文字なぞ書けんぞ? どうやって書いて、それを読む?』

 「あのさ、神様、受けを狙っている?」

 「受け? まあ、神だからのう・・、祈りは受け取りたいと狙っておるが?」


 拓也は神様の言葉に唖然とする。


 だめだ、神様に現代用語で話しても話しが通じない。

かといって、俺は古典なんて苦手で、昔の言い方なんてできない・・。

どうしようかと思って途方にくれた。


 それを見ていた弥生が口に手を当てて、笑いをこらえている姿が目に入った。


 「あ、あの弥生さん?・・」

 「あ・・、くふっ! す、すみません、あはっ!」


 弥生は可笑しさに涙目になり、口を手で押さえたまま俯いた。

肩が小刻みに震えている。


 拓也はしかたなく弥生の笑いが収まるのを待った。

そして収まった頃、拓也は弥生に話しかけた。


 「あの、誤解しないで欲しいんだけど、弥生さんとの仕事は楽しいんだ。」

 「楽しい?」

 「うん。」

 「?」


 「あ、そうか、御神託って楽しんでやってはダメなの?」

 「え、いや・・、そういうわけでは・・。」

 「?」

 「ごめんなさい、私、御神託の実行は楽しいとか、苦しいとか考えたことがなくて。」

 「そうなの?」

 「ええ、神様に仕えるのは喜びであって、他の感情があるとは知りませんでした。」

 「えっと・・、あ、まあ、なんだ、俺は神様と無縁だからかな?」


 『無縁な者に御神託なぞせんぞ?』

 「え? そうなの?」

 『あたりまえじゃ。』


 神の意外な言葉に拓也は呆然とした。

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