第20話 また御神託を受けました。

 この前の御神託を終えてから平穏な日が続いていた。

いや、平穏な日というのは御神託がないという意味だ。

仕事は忙しく、平穏とは程遠い日々ではあった。


 そんなある日、拓也は長引いた会議がやっと終わり会議室を出てきた。


 廊下を歩いていると課長が話しかけてくる。


 「おい、拓也、ちょっと後で俺のところに来い。」

 「げっ!」

 「ん?」


 「あ、いや、分かりました!」

 「今、ゲッ、とか言わなかったか?」

 「え? 空耳じゃないですか?」

 「そうか?」


 「いや~、年を取ると大変ですね。」

 「誰が、だ!」


 「あ、俺、ちょっとトイレに!」

 「おい!」


 拓也は、そそくさとトイレに向う。

トイレには誰もいない。

ボ~っとしながら小用を足している時だった。


 『祐紀よ、御用だ。』

 「わっ!」


 拓也は、突然の神様の声に慌てた。

そのため、一瞬、出しているものが軌跡を大幅に外れはずれかける。

慌てて軌道を修正し、ホットした。


 「・・・なあ、神様。」

 『なんじゃ?』

 「話しかけるタイミング、考えてくれない?」

 『なんか問題があったか?』


 拓也はため息をついた。

おちおち、用足しもできないのか・・。

それに出ているものは、途中で止められない。


 「で、神様、どんな御用ですか?」

 『まあ、よい、不浄のものを出していて話しかけるでない。』


 拓也はため息を吐く。

最初に話しかけてきたのは神様だろう?

そう思いながら、大事なものをズボンにしまう。

手洗いに向かい手を洗い、そして・・・。


 「あ、ハンカチ、忘れた。」


 そういって拓也は手をブルン、ブルンふるって誤魔化す。


 『これ、身だしなみというものを知らんのか!』

 「へいへい。」

 『返事は、はいだ!』

 「はいはい。」

 『はい、は一回でよい!』


 そう神様と話している時だった。

何時の間にか、課長もトイレに来ていた。


 「拓也・・、お前、大丈夫か?!」

 「あっ!」


 神様の声は拓也以外には聞こえない。

そのため、はたから見ると独り言ひとりごとしゃべっているように見える。


 「・・・今、お前に鬱病になられると困る!」

 「課長・・、仕事より俺を心配してくださいよ。」

 「いや、仕事の方が俺は大事だ。」

 「・・・」


 拓也はジト目で課長を見た。

課長は、先ほどの独り言を言っている拓也のことは、もう忘れたと言わんばかりに用を足し始める。


 「拓也、あとで資料を渡すが、今日中に仕上げてくれ。」

 「ええええ! 今日は止めましょうよ、会議で疲れた。」

 「お前な~、仕事をなんだと思っているんだ?」

 「はぁ・・、分かりました。」

 「おう、頼んだぞ!」


 拓也はやりきれない顔をしながら、職場に戻ろうと廊下に出た。

廊下に人はいない。

廊下をゆっくり歩きながら、神様に話しかける。


 「で、なんの御用でしょうか?」

 『ふむ、長田神社ながたじんじゃに行け。』

 「どこですか、その神社。」

 『長野市だ。近くてよかろう?』

 「え? 近くないよ! 交通費は?」

 『お金など不浄ふじょうのものは神には必要ない。』

 「え?俺には必要だけど?」

 『必要なら自分で揃えそろえよ。』

 「え~、そりゃ無いんじゃ無い?」


 『じゃあ、頼んだぞ。」

 「あ、ちょっと待って、長野市のどこにあんの、その神社?」

 『インターネットで調べよ。』


 「へ~、神様、インターネットって知っているんだ。」

 『お前、神を馬鹿にするか?』

 「いや、そうじゃないけどさ、よく現代のツールを知っているな、と。」

 『神はなんでも知っておる。』


 「じゃあさ、知っている神様、その神社の場所教えてよ。」

 『自分で調べよ。』

 「え? 俺が?」

 『嫌か、ならば・・』

 「分かりましたよ、どうせ、嫌なら男巫おとこみこを止めるか、でしょう?」

 『よく分かっておるではないか。』


 「・・・で、何をせよと?」

 『そこの神社の祭神さいじんから聞け。』

 「え? 俺が?」

 『馬鹿か、お前は? お前に神の声は聞こえんじゃろ?』

 「ですよね~。」


 『巫女みこを使わす。』

 「え? また巫女ですか?」

 『そうじゃ。』

 「あの、俺、この前、巫女と仕事したばかりですよ。」

 『それがどうかしたか?』

 「いや、どうかしたか、じゃなくて、たまには神主かんぬしとか男にしてくれない?」


 『何か不都合でもあるのか?』

 「大ありです。俺は女性と話すのが苦手です!」

 『それは御用とは関係あるまい?』

 「いや、あります!」

 『なんじゃ、御用が嫌なのか、では・』

 「つ! そうくるか! 分かりました、やります、やれば良いんでしょ!」


 その時だった。

後ろから課長が、また、声をかけてきた。


 「おい、拓也! 廊下で大声をあげるな! 周りから鬱病かと思われる!」

 「・・・」

 「いいか、この仕事が終えるまで、病気になるなよ!」

 「・・・はい。」


 拓也は思った。

ブラック企業だ・・ここは。

そう思ったとき、神様がとどめを刺しにきた。


 『では、今週の土曜日、そこの神社に向え。』

 「え! ど、土曜日! 休ませてくれよ、神様。」


 「あれ? 神様?」

 「もし、もし・・・。」

 「え? 神様、人の話を聞けよ!」


 いつも通り、言うだけ言って消えた神様に拓也は、ため息を吐く。


 「拓也?」

 「あっ! いや、課長、なんでもありません。」

 「土曜日は休みだぞ? 仕事はしなくていい。 そこまで俺は鬼ではない。」

 「え、あ、ああ、ありがとうございます。」

 「?」

 「大丈夫ですから。」

 「おい、本当にしっかりしてくれよ?」

 「え、ええ。」


 そして、自分のオフィスに戻り、自席に座ってパソコンの電源を入れた。

パソコンの立ち上げ画面を見ながら拓也は思った。


 不思議に思うんだよな・・。

だって、俺が聞ける神様の声は猿田彦大御神さるたひこのおおみかみ様だけなんだよな・・。

なのに、御用はこの神様からの御神託じゃないなんて、可笑しいよな。


 それに、なんで他の神様の声が直接聞けるようにしてくれないんだろう?

先日の弥生さんなんて、色々な神様の声が聞こえるようだったのにさ・・。

人に御用を聞かせるんだったら、便宜を図れって言うの!


 便宜っていえばさ、まあ、平日に御用に行けといわれなかったのはいいけどさ・・。

でもさ、土曜日は休みたいよな・・。

本当に今週は忙しいんだからさ。

土日は休みたいよな。

あああ、俺の休日が・・・。


 それから今度の巫女ってどんな人なんだろう。

できればオバサンがいいよな。

弥生さんのような美女で若い子は勘弁してほしい。

精神衛生上、よくないよ。


 そういえば土曜日、時間を言われなかったよな?

まあ、どうせ行けば巫女から接触してくれるんだろうけど。

本当に巫女の能力ってすごいよ。


 それに比べ、男巫って能力が与えられないのは何故?

と、いうか男巫って必要なのかな?

もしかして、神様、俺をもてあそんで喜んでない?


 はぁ・・仕事やる気なくなったよな。

課長の席に資料を貰いにいくまえに長田神社の事を調べるか・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る