第16話 弥生の思い

 弥生はある日、所属部門からタイの部門との交流に参加するよう誘われた。


 この交流は参加する義務はないものであった。

弥生にとって、このような交流は苦手で何時も断っていたのだが、理由は自分でもわからないが参加することにした。


 そんなタイでのある日のことだった。

迦楼羅天かるらてん様から御神託ごしんたくを受けた。

霊脈れいみゃくの管理者を説得せよとの御神託だった。

御神託は巫女みこにとって重要なものだ。

しかし、よりによって人の説得とは・・・。


 神様への舞の御奉納や、御神託を授かるのは難しくない。

しかし人との関わりは苦手だ。

説得相手は巫女であるが、私達とは仕事が異なる。

簡単にいうと巫女でも住む世界が違うのだ。

そのような人の説得は、とても荷が重い。


 そんな時、猿田彦大御神さるたひこおおみかみ様から言葉をかけられた。

最近、男巫おとこみこを任命したと。

初仕事として私の仕事を手伝わせてもよいが、どうするかと。

渡りに船だった。


 ただ、この男巫女は神社とは無縁の一般人とのことだった。

猿田彦大御神様が、なぜ一般人を任命したのか疑問だった。

しかし神様の決めたことにはことわりがある。

一抹の不安はあるが、男巫女に協力を求めようと決めた。


 ただ、弥生は心配だった。

私のような若輩者から人を説得するのを手伝って欲しいと頼んだ場合、年上である男性が協力してくれるだろうか?

神様への直接の奉仕ではなく、人を説得する協力など・・。

それも、男巫女への御神託ではなく、私の御神託だ。


 ただ、気軽に頼めるのが救いだ。

なぜなら、御神託は自分に降りたもので、男巫女に降りたものではない。

だから、私への協力を拒否しても、男巫女には迷惑はかからない。


 でも、協力を断られたとしても、せめて説得する知恵とアドバイスが欲しい。

そう思った。


 そこで男巫と会うとき弥生は、一計を案じた。

迦楼羅天かるらてん様に実際に会って頂こう。

迦楼羅天様に会っていただいたら、協力を断るにしてもアドバイスくらいは頂けるのではないだろうか?


 ただ、その場合、一つ心配があった。

男巫は一般人で神社関係者と考え方が違う。

神様を人と同じ感覚で考えると、神様の怒りを買う恐れがある。

おそらく男巫は、神様の御心は理解はできないだろう。

さらには、男巫なりたてならば、御神託の尊さ、恐ろしさを理解していない可能性がある。

それが心配だった。

何かあれば自分が全ての責任を負うつもりではいるけれど。


 不安ではあるが、神様を見れば普通は畏れる。

神気を感じ、神様への接し方が慎重になるとも思う。

そうすれば、神様を怒らせるような態度や、言動とはならないのではないだろうか?


 不安はあるが、迦楼羅天かるらてん様に男巫女へのお言葉をお願いした。

不思議と迦楼羅天様は、快く了承してくれた。

それも、言葉だけでなく姿を見せてよいとまで。

これには弥生は驚きを隠せなかった。


 そして男巫と会い、迦楼羅天様に拓也さんが謁見したときだった。

まさか拓也さんが、迦楼羅天様を見て驚き、椅子ごとひっくり返るとは思わなかった。

それほど驚くことだろうか?


 でも、迦楼羅天様と謁見したことにより、男巫である拓也さんは協力を申し出てくれた。

ただ、何となくだけど・・。

拓也さんは、神様と謁見しなくても協力してくれたように思う。


 そして拓也さんと話し、やはり神様の事が分かっていないと確信した。

神様の目線、考え方が、人間と同じだと思っていたようだ。

そのため神様の事を説明をしたが、理解できただろうか?


 ただ、拓也さんと話していて驚いたことがある。

猿田彦大御神さるたひこのおおみかみ様だ。

拓也さんを気に入っているようだ。

神様とこれほど親密な男巫は見たことがない。

巫女は舞などの奉納や神様への奉仕をするので、それなりに親密になれる。

けど、男巫女は巫女ほど親密になることは珍しい。

不思議な人だ拓也さんは。


 そして、拓也さんと行動を共にし混乱した事がある。

嬉しくて拓也さんに笑顔を向けると、拓也さんはそっぽを向いてしまう。

嫌われているのか、と、思うとそうでは無さそうだ。

掴みどころがない。


 例えば、拓也さんのホテルの部屋で話したいというと何故か驚く。

アパートを訪れた時も部屋に入れるのを戸惑う。

それは、私が嫌というわけでは無いと拓也さんは言う。

男女二人だけで同じ部屋にいるのがどうとか説明をする。

部屋の中に男女二人だけだと何がいけないのだろう?・・。

訳がわからない。



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 それから雪里さんだが・・

雪里さんと会って、何故か複雑な心境となった。


 私は巫女であることに誇りを持っている。

実家が長野県長野市戸隠戸隠にある宝光社ほうこうしゃの家系で、宝光社にご奉公していた。

そのため、私は周りから巫女になることが当然と思われていた。

私自身も、巫女以外になることは考えたことはない。

巫女になるための作法、教養を受け、修行もした。

神様を崇拝しているし、尊敬も畏怖もしている。

巫女を辞めるなんて考えられない。


 なのに、拓也さんは・・・。

雪里さんに巫女をやめてもいいと言う。

私の周りで、そんなバカな事を言う人はいない。


 雪里さんは雪里さんで巫女を辞めてもいいという。

信じられない・・。


 けど・・・。

なんだろう?

この、もやもやした感情と、胸の痛みは。


 拓也さんが雪里さんに巫女を辞めていいと言ったとき、私は拓也さんが男巫を辞めさせられることを懸念した。

だって巫女を辞めていいなんて言えば神様の怒りを買うのは当たり前だからだ。

もしかしたら男巫を辞めさせられると思っていないのかと思った。


 しかし、彼は理解していてあっさりと辞めてもいいと言う。

それで雪里さんが望む状況になるのならと。

もし、男巫をやめたら神様の加護が無くなるというのに・・。


 怖くはないのか、と問うと、

怖い、そして泣きたい心境だと。

初めて会った雪里さんに、そこまでできるものだろうか?


 この時、何故か雪里さんがうらやましくなった。

なんだろう、このモヤモヤ感は・・・・


 私はこの感情をなぜか制御できない。

水垢離をして精神の統一をしよう、そしたら・・・たぶん・・。

とにかく私は平常心でいなければならない。

御神託を受け、実行するために。

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