第7話 迦楼羅天 2

迦楼羅天の雷鳴が轟いたような大音声が響き渡る。


だと!!』

「わっ!!」


カラス天狗という言葉が、迦楼羅天の逆鱗に触れたようだ。

驚いた拓也は、倒れた椅子から飛び上がり転がり落ちた。

慌てて、直ぐに神様に向き直り土下座をする。


「す、すみません、つい!」

『・・つい?』


この様子を見ていた巫女は慌てた。

すかさず迦楼羅天に座礼をしながら奏上する。


「迦楼羅天様、お待ち下さい!」

『何じゃ?』

「すみませんが、拓也さんと話しをさせて下さい。」

『うむ・・よかろう・・』

「有り難う御座います。」


そう言って巫女は拓也の方を向く。


「あの、拓也さん・・」

「は、はい!」


拓也は油の切れた機械のように顔を動かし隣にいる巫女を見た。

ギギギギギと、聞こえてきそうだ。


「カラス天狗と、迦楼羅天様は違います。」

「え・・違うの?」

「はい、違います。」

「そして、カラス天狗は神様ではありません。」

「・・すみません、知りませんでした。」


「男巫になると、神様の御前では心に思ったことが神様に伝わります。」

「はい・・。」

「今後、神様の御前で、神様への安易な想像はお控え下さい。」

「はい・・努力します。」


拓也の緊張とは裏腹に、巫女は少し笑った。


巫女は笑い顔を納めると立ち上がり、迦楼羅天の方を向く。

そして目を伏せ、流麗なお辞儀をした。


「迦楼羅天様も機嫌を直していただけないでしょうか?」

『しかしだな、此奴こやつ、わしをカラス天狗などと言いよる。』

「神様、先ほど奏上しましたように彼は男巫になりたてなのです。」

『うむ・・』

「それに神社と関わりの無い一般人から男巫になっております。

 ですので神様について、ほとんど知らない人の子です・・」


『ふむ・・、仕方ないか・・許そう。』

「有り難う御座います。」


そう言って巫女は再び頭を下げた。

拓也もそれに倣い、遅れて慌てて土下座をする。


巫女は拓也の方を向き、微笑んで声をかけた。


「拓也さん、腰掛けを元に戻し座りませんか?」

「あ、はい・・」


拓也は、巫女の言葉に従い倒れた椅子を立て位置を調整した。


それを見ると巫女は自分の座る椅子まで戻る。

そして迦楼羅天に、再度礼をしてから座った。


拓也は、その様子をボ~っと見ていた。

無理は無い、神の恐ろしい声を聞いたばかりだ。

巫女のお陰で、神様に許されたという安堵もあり放心状態だ。


しかし巫女からの視線を感じて、はっと我に返る。

拓也は椅子に座ろうと腰をおろしかけた。


!! いかん!


そう思って、慌てて直立し姿勢を正す。

神様に挨拶もしておらず、座る許可も得てないことに気がついたからだ。


神様に向き直りお辞儀をする。

焦りながらもお辞儀の角度に気を付けた。


「あ、あの、神様、俺、いえ、私は”大上おおがみ 拓也”です。

 よろしくお願いします。」


『ふむ、そんなに緊張せずともよい。 まあ、座れ。』

「は、はぃ・・ あの神様は座らないのですか?」

『わしか? わしは、このままでよい。』

「でも・・」


巫女が見かねて声をかけてきた。


「拓也さん、神様がそう仰っているのです。」

「はぁ・・」

「おそらく神様は、別のこともしていらっしゃいます。」

「?」

「神様は人と違い、同時に沢山のことをしておいでです。」

「え、っと・・」

「たぶん世界を俯瞰しながら、こちらの様子も見ているかと・・」

「そう・・なんですか?」

「ええ、ですから、神様が良いといえば従って下さい。」

「・・」


恐る恐る拓也は椅子に腰掛けた。

巫女は迦楼羅天かるらてんにちらりと視線を向けた。

目線を下げ軽く礼をした後、拓也に向い直り話し始めた。


「迦楼羅天様の事はご存じでしょうか?」

「あ、はい、仏像で見たことがあるけど・・」


「迦楼羅天様は元々はインドの神様です。

 仏教の教えでは仏に仕えていると教義されてます。」

「はぁ・・」

「私どもでは日本での呼び方に従い迦楼羅天様とお呼びしています。」


「迦楼羅天様がどのような神様かはご存じですか?」

「いえ、知りません。」

「仏教では煩悩を払い、疫病から守る神様です。

 密教では人々を救う仏ともされています。」

「はぁ・・」

「またタイでは王家の紋章となっている神様なのです。」

「・・・」


「その迦楼羅天様が日本の現状を憂いております。」


え? タイにいる神様が? 日本を?


「あの・・、迦楼羅天様はタイにいる神様ですよね?」

「はい。ここ数百年はそうです。」

「なぜ日本を憂いているのですか?」

「? ・・・」


巫女は少し考えて、そして話し始めた。


「神様にとって世界は狭い空間なのです」

「?」

「人間が足下の水たまりを見ているようなものです。」

「世界が水たまりの大きさ、ですか?」

「はい。」


「すると人間は・・」

「その狭い領域で、ひしめきあっています。」

「そう・・ですか」


「ですから神様にとって国は関係ありません。」

「・・・」

「迦楼羅天様はタイに顕現するだけで、

 常に俯瞰して世界を見ています。」


そう言って巫女は言葉を切った。

そして拓也が理解できたかどうか確認をする。


「理解していただけましたか?」

「はい・・。」


理解はしたが、少し考え込んだ。

人間は、神様から見たら足下の蟻のようなもの・・

では、神様に個々の蟻の違いは分かるのだろうか?

つまり個々の人間の願いなんて分からないのでは?


「あの、神様にとって個人のお願いは・・」

「本来、神様は解脱げだつに導く存在なのです。」

「はぁ・・」

「それと衆生の平穏に配慮もして下さっています。」

「・・」

「ですので個人の利己的な願いは聞かれません。」

「そう・・なんですか・・」


「ただ、希に個人の願いを聞き届ける事があります。」

「え、そうなんですか?」

「はい、その個人が神様の意志を理解し精進していれば」

「・・分かるような気がします」


「神様は多数の人に幸福を与える存在なのです。

 そして神様の意志に従う人々に加護を与えます。」


なんとなく神様について理解できたような気がした。

これ以上、巫女に時間をとらせるのは悪い。

そう思い感謝を述べた。


「・・・分かりました。

 説明、有り難うございました。」

「いえ、どう致しまして。」


すると唐突に神様が話し始めた。


『男巫よ、そなたに日本の霊脈をただすように命ずる。』

「はぃ?」

「神様、人の子は神様の一言では理解できないのです。」

『お、そうであったな。』

「はい、あとは私にお任せ下さい。」

『うむ、あい分かった。任せたぞ。』

「はい。」


巫女はそう言うと立ち上がり、神様に深々と頭を下げた。

すると、す~っと神様の姿が薄れ消えた。


「え!! 神様が消えた!」


「あの、落ち着いて下さい・・」

「あ、はい・・」


二十歳位の巫女に、28歳の拓也がなだめられている。

これはダメダメな状況ではないだろうか・・

拓也は、ちょっと自身をなくす・・


巫女は再び椅子に腰掛け拓也と向いあった。


「神様はお帰りになっただけです。」

「・・そうでしたか・・」

「はい。」


「私は神様にお願いし、今回のみ拓也さんの前で顕現して頂きました。」

「え? 特別な事なのですか?」

「はい・・普通はこのようなお願いはできません。」

「そう、なのですか・・」

「はい。」

「では、なぜ無理をしてまで会わせてくれたのですか?」


「それは、その・・

 今回の相談をする上で私のような若輩がお願いした場合、あの・・」


「?」

「その・・拓也さんが真摯に協力していただけるか心配で・・」


「神様を見れば、私の相談に真摯に協力して頂けるのではと。」


なるほど、と、思った。

この巫女は不器用な人なのだろう。

たぶん、重要な事をうまく伝えられないのだろう。

うまく重大なことを伝えられず、ご神託を安易に実行させないようにしたかったのだろう。


そしてまた、巫女がラウンジではなく俺の部屋に拘ったわけがわかった。

迦楼羅天の姿を顕現させ見せるためだったのだろう。

神様の姿をむやみに一般の人に見せるわけにはいかない配慮だと納得できた。


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