第6話 迦楼羅天

巫女みこが姿勢を正したのを見て、本題に入ることが分かった。


綺麗な姿勢だ・・

いやいやいや、見とれている場合じゃない!

慌てて姿勢を正す。


「私の相談に乗っていただけますか?」

「はい、俺にできる事でしたら・・」

「よろしくお願いします。」


巫女は流れるような所作でお辞儀をした。

慌てて拓也もお辞儀を返す。


「あの、一体どのような相談なのでしょうか?」

「それなのですが、ここではちょっと・・」

「?」


「あなたのお部屋で、お話ししたいのですが・・」

「え? 俺の部屋?」

「はい。」

「そ、それはちょっと・・」

「ダメ、ですか?」

「いや、ダメという訳では・・」


「それでは・」

「あの、初対面ですよね、私とは?」

「はい、そうです。」

「貴方は良くても、周りの方が心配しますよ?」

「?」


巫女は言っている意味が分からない顔をした。

まさか、巫女一筋で世間の常識を知らないとか?


「あの、よく分かりませんが、周りは心配しないと思います。」

「?!」

「神託の件で来ていることを私の周りは知っておりますので。」

「そう、なんですか?・・」

「はい。」


「では、貴方は、怖くはないんですか?」

「?」

「私は・・男ですよ?」

「ええ、分かっておりますが?」

「部屋には俺以外いないんですよ?」

「はい。他の人が居ないのでお願いしているのですが?」


この、ちょっとていないだろうか・・


初対面の俺を全面的に信頼しているようだ。

信用してくれるのは嬉しいけれど・・

俺だって健全な発情期はまだ終わってないんだけど・・


「あの・・・男と二人きりになるんですよ?」

「はい。」

「・・・怖くないんですか?」

「怖い? 何故ですか?」


巫女は不思議そうな顔をして、顔を右に傾けた。


この、絶対に世間とずれている。

そう確信して、どうしようかと考えた。


御神託に関する事をラウンジで話せないのは分かる。

誰かが話しを聞いてしまう可能性があるからだ。

御神託は関係無い人に聞かせるべき物ではないのだろう。


このホテル以外で、人がいない静かな場所・・・

そう考えたが、今すぐには思いつかない。


別の日に別な場所を選んで行いたいのだが・・

出張中に、そんな時間は取れないだろう。

今日のが出張中にできる精一杯の時間だ。

恐らく今日の余波により休日無しの突貫作業になるだろう・・

それに神様が別の日を許可するとは思えない・・


巫女に心当たりがないか聞いてみようか・・

いや、心当りがあれば、俺の部屋でとは言わないだろう・・


だとすると俺の部屋が、一番話すのに適しているのだろう。


はぁ・・・彼女がいない欲求不満な俺が女性を部屋に、ね・・

只でさえまともに女性と話したことがない俺が、ね。

それも、こんな美女と・・

理性、たもてるかな・・・

まあ、神様もおそらく見ているだろうし・・

うん、大丈夫・・

大丈夫、と、思いたい。


拓也は軽くため息をく。

そして覚悟を決めた。


「あなたが気にならなければ、俺の部屋に来ますか?・・」

「はい。お願いします。」

「・・では行きましょうか・・」


そう言って拓也は部屋のカードキーをテーブルの上から取った。




♤♤♤♤♤♤♤♤♤


拓也は部屋につくとドアのロックを解除した。

そして、巫女に確認を再びした。


「あの・・俺の部屋でいいんですよね?」

「? ええ・・ダメなのですか?」

「いえ・・、どうぞ。」


拓也はそう言ってドアを開け、先に巫女を部屋に入れた。

窓際にあるソファーに巫女を案内し座らせる。


「何か飲みますか?」

「いえ、先ほどドリンクを飲みましたので。」

「そうですか・・」


ちょっと拓也は考え、そして冷蔵庫に行った。

冷蔵庫からミネラルウォーター2本を取り出し、

冷蔵庫の上にあるコップを2つ持って戻ってきた。

そして拓也は巫女の対面に座った。


何も言わずペットボトルを空け、巫女の前にコップを置き注ぐ。

空けたペットボトルは巫女の手の届く側に置いた。


「有り難う御座います。」

「どう致しまして。」


そう言ってもう一本のペットボトルを空け、自分のコップにも注ぐ。

そして拓也はコップに口を付け一口飲んだ。


さて、どんな話しになるのだろう・・

緊張で喉が渇いてしかたない。

自分で思っている以上に緊張しているようだ。

もう一口飲んでから話し始めた。


「それで、俺に何をして欲しいのですか・・」

「はい、それでは・・」


そういうと巫女は姿勢を正した。

そして、手を組み人指し指だけを伸ばし印を結んだ。


一瞬、美しい顔の額に力が入り、裂帛の声を上げる。


「んっ!」


突然、迦楼羅天かるらてんが巫女の後ろに現れた。

顔に大きなくちばしがある、あの神様である。


「わっ!」

ドカ!


拓也は、椅子ごと後ろに倒れ込んだ。


それを見て巫女は慌てた。

思わず机に手を着き、乗り出すような姿勢になり叫んだ。


「あ! すみません!」


椅子をまきぞいに倒れこんだ拓也は天井を見上げていた。

目の前にチカチカする星が、目まぐるしく回っている。

後頭部を強打したためだ。


すると荘厳な声が響く。

『やれやれ、最近の男巫おとこみこは情けない。』


「あ、あの迦楼羅天様、そうではなく私のせいです・・」

『そちは何もしてないではないか。』

「いえ、私が迦楼羅天様の顕現を伝えなかったためです。

 突然のお姿に驚かれたのです。」


『わしの姿? 見て驚くことか?』

「あの、神様、彼は男巫になりたてです。」

『だから何なのだ?』

「彼はまだ神様の姿を見たことがないと思います。」

『ふむ・・』

「人の子は初めて見る神様の異形を恐れます。」

『そうであったか・・』

「はい。」

『あい分かった。』


巫女は神様に一礼すると、拓也の側にきた。

そして拓也の頭の近くに正座して拓也の顔を覗く。


「あの、大丈夫ですか?・・・」

「え、ええ・・、はい・・」


拓也は巫女の声に応えたものの、直ぐには立ち上がれなかった。

神様を突然見て驚いた心臓がまだ飛び跳ねている。

その状態で、思わず心の中で叫んでしまった。


突然、神様が現れるなんて有り?!

それも、顔に大きなくちばしがある神様なんて!

たしか有名な寺の仏像で見たことがある気がするが・・

カラス天狗だったかな?、だよな・・


そう思ったとたん神様の雷鳴のような怒りに満ちた声が響いた。

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