第13話 雪里の苦悩

 雪里は、自分のことを語り始めた。

拓也はそれに答える形で二人の会話が続いた。


 「私ね、物心つく前から霊脈が見えたの。」

 「へ~、すごいね。」

 「そうじゃない、嫌だった。」

 「なぜ?」

 「だって人が見えないものが見えるんだよ?」

 「・・・」


 「友達に、あそこ紫色に光っている、と指をさすでしょう・・

 でも、誰も色がみえないの・・・・

 だから嘘つき呼ばわりされて仲間外れにされた。

 それから霊脈の事はいっさい口にしなかった。」

 

 「それは・・辛いよな。」

 「うん。」


 「でね、お婆ちゃんに川が紫色や、橙色に見えると言ったの。」

 「うん、それで?」

 「お婆ちゃんが、それを聞いて喜んだの。」

 「霊脈が見えることがわかったからかな?」

 「そうなんだ。 これで巫女を引き継げるって。」

 「君は巫女になってもよかったの?」

 「どうだろう・・お婆ちゃんが喜ぶならと・・」

 「そうか・・、で、巫女になったんだ。」

 「うん、でもお婆ちゃん、すごく厳しかった。」

 「え? じゃあ辞めようと思った?」

 「ううん、思わない。」

 「何故?」

 「お婆ちゃん、厳しいけど優しかった。

 それに何より、お婆ちゃんが大好きだった。」

 「いいお婆ちゃんだったんだね。」

 「うん!」


 そう言って、本当に嬉しそうな顔をした。

眩しい笑顔だ。


 「霊脈の管理は小学校六年の頃にできるようになったんだ。」

 「すごいね、小学生か~、かっこいいいじゃん。」

 「うん、自分でも誇りに思ったんだ。」

 「じゃあ、一人でそれから管理したのか?」

 「ううん、違う。

 お婆ちゃんが倒れてから・・」


 そういうと言葉を切って下を向いた。


 「突然だったの。去年の春に倒れたの。」

 「それは大変だったね。」

 「うん・・」


 そういうと押し黙ってしまった。

よほど辛かったのだろう。

暫くして口を開き始めた。


 「倒れたお婆ちゃんに、霊脈の管理を任された。」

 「怖かった? 一人で行うのは・・」

 「ううん、そうでもない・・」

 「そうか・・」

 「ただ、巫女修行は中止してお婆ちゃんの看病を・・」


 そこで目に涙を浮かべた。

ぐっと堪えこらえて嗚咽を押さえ込んだ。


 「お婆ちゃん、苦しそうなのに私を見ると笑顔になるの。」

 「うん・・」

 「わ、わた・・私・・」


 言葉が詰まった。

目から涙が零れる。

見ていられなくなり、背中を優しくさする。


 弥生さんも、目に涙をためていた。


 暫く間を置いて話し始めた。


 「私には、お婆ちゃんの背中や足を擦るさすることしかできない!

 なのに、お婆ちゃんは有り難うと手を握るの。

 自分が情けなく、何もできない孫なんて・・」


 「違うんじゃないか?」

 「え?!」

 「君が擦ってくれたから病気と闘えたんだ。」

 「・・・」

 「おそらく擦られている間、痛みを忘れられたと思う。」

 「そんな!・・」

 「手当という言葉、知ってる?」

 「え、ええ」

 「手を当てると書くんだ。」

 「うん・・」

 「不思議とね、痛い所に手を当てると痛みが和らぐ。」

 「そう、なの?」

 「ああ、嘘じゃない。」

 「それが、それが本当なら・・

 少しは役に立ったのかな?」

 「当たり前だろう?」


 俺の言葉を聞いて、雪里は泣き崩れてしまった。

暫く誰も何も話さないで雪里が落ち着くのを待った。


 すると喫茶店のマスターがトレイを抱えてテーブルに来た。

そして机の上にカップを置いた。


 「え? 頼んでないけど?」

 「暖かいものを飲むと落ち着きますよ。

 ロイヤルミルクティです。

 サービスですから。」


 そういうと踵を返してカウンターに戻って行った。

たぶん、マスターには会話は聞こえていない。

おそらく雪里の嗚咽や、なんとなく慰めている雰囲気を察したのだろう・・

かっこ良すぎるよ、マスター・・


 「せっかくだから頂こう。」

 「うん、そうしよう雪里さん。」

 「うん・・」


 一口、雪里は飲むと

 「暖かい・・」


 そう言ってまた下を向いて泣き始めた。

また間を置いて、その後を話し始めた。


 「私、お婆ちゃんにできなかったことを人にしてあげたくて、

 看護師になろうと思ったの。」

 「うん・・」

 「でも、看護師になりたいと言うと周りから非難された。

 巫女をやめて災害を出すつもりか、と・・・・」

 「そうか・・」

 「私がどんなに説得しようと、どんなに願っても、

 誰も彼も巫女である私だけしか見てくれない。」

 「・・・」

 「自暴自棄になるしかなかった・・」

 「辛かったな・・」


 「でも、でも、初めて拓也さんが、キチンと聞いてくれた。」

 「まあな、俺は神様が怖かったし、男巫だからね。」

 「ふふふふふ、そのお陰で私は救われた。」

 「そうか、俺でも役にたったか、そりゃ光栄だ。」

 「あははははは、ありがとう! 本当に・・」


 泣き笑いの雪里を見て、すこしホッとした。

周りから巫女以外は認められないということで、心に傷を負っていなければいいが・・

まあ、たぶん、この笑顔なら大丈夫だろう。


 ロイヤルミルクティーを堪能した後、席を立ちレジに向った。

マスターにロイヤルミルクティーの御礼を言って店を出た。

レジでは、弥生も雪里もお金を出すといったが、最初の公園での約束だと言って俺が支払った。

まあ、女の子の前でかっこを付けたかっただけだけどね。


 その後、3人で雪里さんの両親、親戚を説得しに向った。

両親は雪里が悩んでいたことを気にしていたのだろう、諸手を挙げて賛成した。

親戚は最初は色々言ってきたが、概ね理解を示して無事収まった。


 雪里さんは車で北陸新幹線の佐久平駅まで送ってくれた。

そればかりでなく新幹線のプラットフォームまで見送りに来た。

雪里さんの幸せそうな笑顔に見送られ帰ることとなった。


 この神託を実行したことで、なんとなく男巫の役割が分かった気がした。

そしてもう一つ思ったことがある。

雪里さんといい、弥生さんといい、巫女って本当に無菌室で育てられた人しかいないんじゃないだろうか?

純粋で、世間をしらず、清らか過ぎる気がする。

そして何より神様第一主義・・まあ、巫女だから当たり前なのだろうけど・・。

神社の可愛いバイトの巫女さんと比べてはいけないか、と、ふと思った。


 それにしても・・疲れた・・

女の子と話すのは苦行以外の何者でも無い。

神様、あまり今回のような神託はしないでくれないかな?

切実に願う拓也ではあった。

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