第11話 説得 その2

 喫茶店へ向うドライブは10分程だった。

おしゃれな喫茶店で、名前は、木馬。 


 雪里ゆりが先頭に立ち、入り口のドアをあける。

ドラに付けられたベルが、チリンと軽い音を立てた。

この喫茶店は、大人向けの喫茶店のようだ。

店内はジャズが静かに流れている。


 雪里はカウンターに居るマスターへ軽く会釈すると、迷いなく二階に上がった。

二階には他の客がいなかった。

どうやら常連さんが一階にいるだけのようだ。


 雪里は窓際の席を選んで座った。

お気に入りの席なのだろうか・・


 雪里の対面に俺と弥生やよいが座る。

やがてマスターが水をもってオーダーを取りに来た。

渋いマスターだな・・と、なんなく見ていた。


雪里「ここのマスター、ダンディでいいでしょ?」

弥生「確かに・・」

マスター「お客様、からかわないで下さい。」


 ニッコリと微笑むマスター。

なんとなく男として負けた気分になる・・


雪里「わたしコーヒー。」

弥生「私も。」

拓也「・・え、と、じゃあ同じで。」

マスター「畏まりました。」


 そういってマスターは一階に降りていった。

やがてコーヒー豆を挽く音が店内に響いた。


 3人とも押し黙ったまま何も話さない。

弥生は雪里を見据え何も言わない・・

雪里はテーブルの上の砂糖の器に、焦点の合わない視線をおいた・・

よく見ると雪里の手が、わずかに震えている。怖いのだろう・・


 暫くしてコーヒーが来た。


雪里「ここね、ドリップで入れてくれるんだ。」

拓也「そうなんだ・・」

弥生「詳しいのね。」

雪里「うん。よく来るんだ、ここ。」


 雪里は最初に会ったときと違い、柔らかな声音で話してくる。

そして、高校生らしい笑みをつくった。

本来は、この顔なのだろう・・なのに・・


 コーヒーを一口、苦い気持ちと一緒に飲み込んだ。


 しばらく3人は何も話さずコーヒーを飲んだ。

俺はコーヒーを味わいながら店内を見回す。

弥生は綺麗な姿勢で無表情なまま、コーヒーを飲む。

雪里は俯きながら飲んでいる。


 皆、落ち着いたみたいだし、そろそろいいかな・・

内心、はぁ~、とため息をついた。


拓也「さて、いやな話しをしようか。」

雪里「・・・うん。」

弥生「・・・」


 どうやら弥生は口を挟む気はなさそうだ。


拓也「まず、君の話しを聞かせて。」

雪里「何を話せば・・」

拓也「そうだな~、将来何になりたいの?」

雪里「え?」

拓也「将来の希望があるんだろう?」

雪里「うん、・・・看護師になりたい、の・・」

拓也「へ~、いいじゃないか。」


 弥生は俺の返答を聞いて目を見開いた。

しかし何も言わず、ふたたび雪里を見る。


雪里「私のお婆ちゃん、病気で苦しんだの・・」

拓也「・・・」

雪里「起き上がれず床ずれもして・・

   でね、さすることしかできなくて・・

   なのに、お婆ちゃん、うれしそうに・・

   でも・・、でも、それしかできない。

   で、暫くしたら・・

   天国・・」


 そういって泣き崩れた。


 落ち着くのを待った。

3分位だろうか・・鼻をすすり、嗚咽も収まった。


拓也「そうか、辛かったね・・・」

雪里「お婆ちゃんに何もできなかった分、他の人にしてあげたいの。」

拓也「うん、良い看護師になれるね、君なら。」

雪里「!・・・」

拓也「君は優しいし、いいと思うよ。」

雪里「あ、ありがとう・・」


拓也「弥生さん、どう思う?」

弥生「・・看護師は・・似合うと思う・・」

拓也「だろう?

   でだ、看護師と巫女は両立できないのか?」

弥生「両立ですか?」

拓也「そう。」

弥生「・・・」


拓也「なあ雪里さん、両立できるとしたらどうする?」

雪里「えっ?」

拓也「巫女は、やはりやりたくない?」

雪里「あの・・できるのかな・・」

拓也「できれば、だよ?」

雪里「できるなら、巫女もやっていたい。」


拓也「そうか、雪里さんの気持ちは分かった・・」


そう言うと拓也は、雪里から視線を外し目を瞑った。

そして、独り言のように声を出して話し始めた。


拓也「なあ神様、いるんだろう?」

  『ここにる』


雪里「え! 猿田彦大御神さるたひこのおおみかみ様!」

  『久しいの~・・神託を授けたのは5歳くらいだったかの~』

雪里「はい・・・」


拓也「なんだ、神様は雪里さんを知って・・

   って!ひょっとして俺を説得に当てたのは!」


  『さて何のことかのう・・』

拓也「・・・・」



  『拓也よ、それにしてもよく分かったのう、わしが側にいるのが。』

拓也「いや、側にいるかどうかなんて分かるはずないじゃん。」

  『なんじゃ、あてずっぽか?』


拓也「そうだよ。

  どうせ神様のことだから、重要なことは聞いていると思ったんだ。」


  『ふむ、まんざらバカではなかったか、関心関心』

拓也「あのな~・・・」


  『それにしても、お前は相変わらず神に対しよのう・・・

  まあ、お前を任命したのはじゃから諦めるか・・』


拓也「それは・・どうも、ありがとうございます?」


 疑問系で拓也が御礼を言うと、この会話を聞いていた弥生が、うつむき手を口に添えた。

どうやら笑いをこらえているようだ・・。

雪里は、神と拓也の会話を信じられないという顔で見ている。

雪里にとって神様との会話は神聖なものであり、あまりにフランクな会話に面を食らっていた。


 そんな3人の様子は気にすることも無く、神様は言葉を続けた。



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