第2話 ビニール袋とロンドン市警

 ビニール袋の擦れる音が私をロンドンの朝から引き戻した。

 近付いて来る話し声。入り口のドアが勢い良く開いた。

「でも早く買い物済ませて事務所に行こうって言ったのまいさんだし」

「あんな脊髄反射的な車線変更とノーブレーキのコーナリングを繰り返して欲しいなんて言わなかったわ。見たでしょう? 凜音りんねちゃんのせいで国道は大混乱よ?」

「またそうやって話を盛るぅ」

「盛ってません。まったくもう。お疲れ様、綾香ちゃん」

 いつも微笑んでいるような柔和な表情。長い髪を一つに括って背中に垂らした花柄ワンピースが舞。

 少年めいた体つきをジーンズとオレンジのVニットで包んだショートカットのくりくりお目々が凜音。共に事務所のスタッフだ。

 凜音が応接テーブルに置いたビニール袋は沢山の菓子とドリンク類でぱんぱんに膨れていた。舞も抱えていた白い箱を空いたスペースに置いて、天板の上はそれらで一杯になってしまった。

 貧弱探偵事務所の経営を圧迫しそうな量の食料と飲料。そして謎の箱。こんなに買い込んで、彼女たちは何を始めるつもりなのだろう。働く気がないことだけは私服姿からも確かなのだが。

 お疲れ様です、と一礼した綾香が先輩二人に報告する。

「先程、所長の娘さんからメールが届きました」

「春菜ちゃんから? そう今年も。彼女、今はロンドンでしたね所長」

 舞の問いかけに返事はなかったが誰も気にしない。普段通りだ。

「それで? どんなメールなのさ」

 言いながら凜音がスナック菓子の袋を開けた。

「凜音ちゃん、まだ早いわ」

「一つだけ一つだけ。ねぇ綾香どんな?」



 ロンドン市警の対応は迅速だった。

 緊急車両の到着後、建物周辺にはバリケードテープが張り巡らされ、全寮生は自室待機を命じられた。鑑識による資料採取は着々と進み、エマの遺体も司法解剖に回された。

 エマは胸と背中を何度も刺されて失血死していた。

 死亡推定時刻は昨夜午後11時から午前1時の間。部屋の隅に持ち主不明のアウトドアナイフが残されており、血痕から凶器だと特定された。室内に荒らされたり争ったりした形跡はなかった。

 寮の各部屋を捜査員が訪ね、寮生らに聴取を始めたのが8時半。10時には収集した情報を確認整理する会議が食堂に設けられた臨時捜査本部で開かれ、10時半までには参考人が4名に絞られた。

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