第3話 ダイイングメッセージと容疑者たち

 資料によると、と綾香がマウスに触れた。

「捜査線上に挙がった4名は、第一発見者のローズマリー・ペデルセン、管理人ミルザ・ラフモノヴナ・スルタノフ、同期のリナ・マリガン、そして被害者の元恋人マーク・テイラー」

「「マーク・テイラー」」

 舞と凜音が揃って大きな声を出した。

「なるほど、今回の春菜ちゃんからのお願いはつまり、マークにかけられた殺人容疑を名探偵のパパ直々に晴らしてもらいたいと、そういうことなのね。頑張らないと所長」

 春菜のアパートに転がり込んできた『彼』がマークという人物であるらしい。

「ちょっと名探偵、聞いてるー?」

 舞と凜音、どちらの呼びかけも無視された。代わって綾香が口を開く。

「エマに対してしつこく復縁を迫り、その度に断られるマークの姿を団員の多くが見ているそうです。カッとなったマークが思わず……、というストーリーを軸に、周辺を固めつつ捜査を進めるのが市警の方針らしい、とあります」

「リナってのは?」

 スナックの袋を片手に凜音が尋ねる。

「リナ・マリガンは一昨年まで劇団の花形だった人物。エマにその座を奪われて以来、リナはエマを罵ったり嫌がらせをしたり、露骨に敵対していたようです。ただ」

「ただ?」

「半年ほど前に突然、態度を改めたとあります。過去のことは水に流してほしい。自分は誰よりエマの実力を理解している。花形に返り咲くため自分も今後いっそうの努力をする。一緒に劇団を盛り上げよう。そう公言するようになった、と」

 理想的なライバル関係の成立というわけだ。

「管理人ミルザの名前が挙がったのは、寮の門限についてエマとの間に口論が絶えなかったという証言から。エマは団員の誰に対しても愛想よく接する反面、ミルザにだけは粗暴な態度を取っていた。

 このミルザという女性はウズベキスタン出身で、生活を切り詰めて母国の家族に送金などしている、寮生たちの評判も悪くはない人物だそうです」

 言い寄ってくる元恋人。団員同士の軋轢。花形という肩書きだけでなく、他にも様々なストレスがかかっていただろうことを思えば、ミルザに対する反発はエマにとってガス抜き的な行為ででもあっただろうか。

「最後に第一発見者のローズマリーですが」

「きっとあれでしょ? 日頃からエマにこき使われてて、実は嫌になってたんだ」

 いいえ、と綾香が凜音に首を振る。

「市警も同じ点を追求しているようですが、本人はエマに対する殺意を否定していて、憧れの先輩の世話ができることはむしろ嬉しいことだったと主張しているそうです。

 ただ、捜査本部が彼女を容疑者から外さないのには別の理由があって」

「別の理由?」

「ダイイング・メッセージです」



『rose』

 ナイフで刺されたエマが流れ出る己の血液で床に記した文字。

 それが『rose』だった。

 ローズマリーは捜査本部で涙ながらに犯行を否認した。

「絶対に私じゃない。私じゃない。どうして、エマ……」

 エマが殺害されたと思しい時間、自分は自室のベッドの中だったとローズマリーは証言した。

 寮内には部屋をシェアしている者たちもいたが、ローズマリーは個室を利用していたので彼女のアリバイを証明する者はいない。

 エマの身の回りの世話を焼くことに苦痛を感じていなかったか。

 捜査員の質問にローズマリーはとんでもないと首を振った。

「エマは私のためを思って、あえて自分の生活に深く関わらせてくれていたのよ。エマはとても几帳面だった。その日お金を何にどれだけ使ったか細かくノートに記していたり、就寝時間も起床時間もいつも同じで……。

 自分のライフスタイルに合わせればきっとあなたの生活も律される。ぜひそうなさいって彼女、優しく言ってくれたんだから。私はエマと一緒に規則正しい生活を、ずっと……、それなのに……」

 ローズマリーは机に突っ伏して大泣きし始めた。

 次に呼び出されたのは管理人ミルザだった。

 エマとの口論の事実について質されたミルザは化粧気のない顔を強張らせた。

「口論のことは事実です。エマほど私に突っかかる団員はいませんでした。自己管理のできる娘でしたけれど、門限に関して言えば、まるで私に対する挑戦かのように破り続けていた。きっと1日のスケジュールに門限を破るところまでを含めていたのでしょう」

 ローズマリーと同じく、問題の時刻には彼女も既に就寝していたという。

「ただ、0時半頃でした、聞き慣れない音で目が覚めたんです。小窓から廊下側を覗いたら、あの古い電話機でエマが電話をかけていました。様子が変だと思いましたけれど声はかけませんでした。悪態をつかれるのは嫌でしたから」

 ミルザのそれはまったく新しい証言だった。真実ならば死亡推定時刻は0時半から1時頃の約30分に絞られる。

 では『rose』という言葉で何か思い当たることはないか。

 捜査員が問いかけるとミルザは怪訝そうに首を傾げた。

「バラ? さあ? 事件と何か関係が? まあ赤でも白でも、おろそかにはできませんが」

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